ロマンスフルネス 溺愛される覚悟はありますか?


「俺の母親が聞いたらその場でワインの瓶を叩き割りかねない話ですね。

母もかつて真嶋の姫として真嶋家に嫁いだわけですが、身売り同然で結婚させられて、当初は大層荒れていたそうですよ。誰にも顔を見せまいと狐の面をつけたまま生活していたとか。」


「え、夏雪のお母さんって…そんな感じのヒト?」


パワーワードがありすぎて、思考が横道にそれたしまった。ワインの瓶を叩き割りかねないってどんな激しい性格なの?

「あー……。」と珍しく気まずそうな表情になる夏雪のリアクションも気になる。


「母親の沽券にも関わるので、狐の面の話はここだけに。内々の人間しか知らない話なので」


いやワインの方が気になるんですけど、と思ったけれど一旦は置いておこう。考えてみれば夏雪のお母さんだもの。私の想像をはるかに超える人物に違いない。


「結婚相手の七夜にも問題がありましたし、二人の結婚は直ぐに破綻すると思われました。しかし、二人の意見が一つだけ一致していたことで、意外にも良好な関係を築いたようです」


「どんなこと?」


「こんな結婚はクソだ、ということです。」


く…?

思わず二度ほど瞬きをした。

今まで夏雪の口からちょっとでも下品な言葉が飛び出したことなんて一度もない。そういう語彙は無いものとばかり思っていたから、意外過ぎて吹き出す。


「失礼、本人たちの言葉を借りました。

というわけで、『八夜』として生まれるべき子供は両親によって好き勝手に『夏雪』と名付けられます。

本家との関係性を悪化させながらも徹底的に抗い続けたそうで、非常識な両親ですが、この点において…俺は一生頭が上がらない存在です。」


「夏雪は、ご両親に…愛されてるんだね」


照れくさいのか、その返事は誤魔化されてしまったけれど、ご両親の想いに自然と胸が熱くなる。

好きに生きるとか、自分の意思で結婚するとか、私が当たり前のように思っていることが、当たり前じゃない世界で生きてきたんだ…。


「あなたに不安を与えたくないので補足しておくと、」


「え、私?」


「勿論です。むしろここからが本題です。

樫月家当主が三年前に代替わりしまして、それを期に、この婚姻制度は廃止されています。

新当主が七代続いた制度を『クレイジー』の一言で撤廃したときには、さすがに唖然としました」


「す、凄いね当主のヒト…」


「はい。手のかかる変わり者ですが、尊敬する人物です。」


夏雪の口調その人を誇らしく思うようなニュアンスがあって何だか嬉しくなる。確か、ゆるキャラのプロデュースを夏雪に無茶振りしたのも樫月当主だったっけ。


「当主の人って、どんな人?」


「そうですね…人使いが荒くて、無茶なことばかりするので敵も多く、フォローする側は骨が折れます」


「あはは、意外と悪いことばっかり言うんだ」


「いや、そういうわけでも…。ああ、ピアノと乗馬が得意ですよ。俺も、もっとアートに触れるようにと、いつも言われていますね」


「ふふ、いかにも良家の生まれって感じする。乗馬、ピアノ、アートって!」


豪胆でパワフルで、芸術好きなおじさんの当主。夏雪はどんなふうに接してるのかな…と想像を羽ばたかせる。


「今年は当主がクリスマスイブにピアノのチャリティーコンサートを開くそうなので、良ければ一緒に行きますか?」


「うん、うん!行く!行きたい」


予想外のデートの約束にぶんぶんと尻尾をふる犬のようによころんでしまった。
しかも、クリスマスイブ。夏雪と一緒にいられるならどんなことでも楽しい。
< 42 / 62 >

この作品をシェア

pagetop