ロマンスフルネス 溺愛される覚悟はありますか?
「いやどう見てもあなたの方が不審者だって!あれはマスコットなの、横から突き飛ばしたら大変!」
今にも気合いの一撃を放ちそうだったので、九重さんに助けてもらってその女性を引き止めた。見かけよりもずっと力い女性だ。
九重さんが英語で状況を説明すると「ワーォ」と嘆いた声をあげた。英語訛りの発音で「おーくん?」と不思議そうに呟くと、見た目通りとても可憐な声。
「ごめんなさい、私、よく見えてなかった」
彼女は律儀にも「お礼する」とオーガニックレストランに連れいってくれて、九重さんと共にランチをご馳走になっている。
日本式にペコッっとお辞儀をする姿があまりにチャーミングで見惚れてしまう。九重さんは心配そうに眉を下げていた。
「目、ほとんど見えません。今、見える、ひとのかたち、ふたつ、だけ。」
彼女は「だから、間違えた」と照れ臭そうに続けた。歩き方や視線の動かし方に少しも不自然なところが無かったから、それくらいしか見えていなかったことにびっくりする。
食事だってとても上品に食べている。穏やかに微笑む彼女の青色の瞳は妖精のように美しく、気取らずに笑う様子はただ、ただ可愛い。見ているだけでため息をつきそうになる。
「見えなくても、そう感じさせないように努力しているんですね。尊敬します」
ゆっくり話をすると、彼女は「ありがとう」と微笑んだ。
「わたし、クロエ ビルドグレインと言います。コールミー クロエ」
九重さんが驚いたように「失礼、ビルドグレインとは、あの?」と聞いた。
「はい。でも…ノット、オリジン。昔、ふつうの家」
ビルドグレインとは、アメリカの古くからある財閥らしい。オリジナルじゃない、ということは養子とかなのだろうか。あまり立ち入って聞く話じゃなさそうだ。
クロエに続けて九重さんと私も自己紹介を済ませると、欧米の人らしく表情豊かにリアクションしてくれる。
話の流れで、九重さんも事故で一つの瞳を失っている事や、彼も普段から視力に問題があるようには全く見えないことを説明し、だから二人とも凄いと率直に伝えた。
お節介かもしれないけれど、九重さんはきっと自分から苦労話をしたりしなさそうだなと思ったのだ。
「それはとても、たいへん、ですね」
「いえ、私は片方見えているので、クロエさんに比べれば大したことはありませんよ」
「ノー、辛い、比べる、意味ない」
穏やかでありながら、しっかりと意見を伝えられるところも素敵だ。美しいのに外見以外の魅力が目立つところが、良く知る誰かに似ているかもしれない。
私がずっと彼女のことをぽーっと見ていたせいか、九重さんに「どうしたんですか?」と不思議がられてしまった。
「すみません、クロエが可愛くて見惚れちゃってました。」
「ワォ、ありがとう、トーコ。
私、自分の顔、あまり知らない。だから、嬉しい」
「そんな…」
彼女は笑顔で答えてくれたけれど、自分の顔がわからないという状況に胸が傷む。それはどれ程辛いことなんだろう。
「心配、いらない。手術、もうすぐ。きっと見えるになる」
「本当に!?」
「はい、楽しみ」
クロエがここにいるのは、先端医療で有名なベリーヒルズビレッジの病院で手術を受けるためだそうだ。嬉しくて思わず「やったー!」と叫んでしまった。出会ったばかりの私ですら医学の進歩に感謝でいっぱいになる。
「良かったら、また、会いたい」
「是非!私こそ、また話できたら嬉しいっ」
「トーコの顔見る、楽しみ」
「それは期待しないで」
それからというもの、毎日のようにクロエと他愛ない話をするのが習慣になっている。
何より彼女が本当に素敵な人だし、お互いのバックボーンが何もかも違っていて、比べたりしないでいい関係が私にはとても心地よかった。同期には到底言えないような悩みも、クロエになら不思議と話せてしまう。
「トーコ、どうして結婚、迷う?」
「格差っていうかさ…色々と私には勿体無い相手で。もっと綺麗で凄い人じゃないと認められなさそうで…」
「認められる?誰に?」
「周りの人とか、彼の秘書とか…」
「ナンセンス!必要なの、ふたりの気持ちだけ。他、いらない!」
確かにそうなのだ。クロエの言うことはよく分かる。私もそんなふうに踏ん切りをつけられたら、どれだけ幸せだろうって思う。
「トーコに伝えたい」
「うん、何?」
「私、後悔、してる。私、恋人いた。怒って、殴って、別れた。もう会えない。」
「な、殴って!?クロエが?」
「そう。もう会えない。目、見えたら、彼、見たい。だけど、叶わない。」
話している途中で、クロエが諦めたように微笑んだ。その表情だけで彼女がどれだけ恋人のことを思っていたのかが伝わってくる。
「後悔、意味ない。愛だけ、大事。
トーコは、後悔、ダメ」
「うん…そうだよね。ありがとう、クロエ」
彼女は何もかも包み込むような柔らかな声で、「だいじょぶ」と言ってくれた。
今にも気合いの一撃を放ちそうだったので、九重さんに助けてもらってその女性を引き止めた。見かけよりもずっと力い女性だ。
九重さんが英語で状況を説明すると「ワーォ」と嘆いた声をあげた。英語訛りの発音で「おーくん?」と不思議そうに呟くと、見た目通りとても可憐な声。
「ごめんなさい、私、よく見えてなかった」
彼女は律儀にも「お礼する」とオーガニックレストランに連れいってくれて、九重さんと共にランチをご馳走になっている。
日本式にペコッっとお辞儀をする姿があまりにチャーミングで見惚れてしまう。九重さんは心配そうに眉を下げていた。
「目、ほとんど見えません。今、見える、ひとのかたち、ふたつ、だけ。」
彼女は「だから、間違えた」と照れ臭そうに続けた。歩き方や視線の動かし方に少しも不自然なところが無かったから、それくらいしか見えていなかったことにびっくりする。
食事だってとても上品に食べている。穏やかに微笑む彼女の青色の瞳は妖精のように美しく、気取らずに笑う様子はただ、ただ可愛い。見ているだけでため息をつきそうになる。
「見えなくても、そう感じさせないように努力しているんですね。尊敬します」
ゆっくり話をすると、彼女は「ありがとう」と微笑んだ。
「わたし、クロエ ビルドグレインと言います。コールミー クロエ」
九重さんが驚いたように「失礼、ビルドグレインとは、あの?」と聞いた。
「はい。でも…ノット、オリジン。昔、ふつうの家」
ビルドグレインとは、アメリカの古くからある財閥らしい。オリジナルじゃない、ということは養子とかなのだろうか。あまり立ち入って聞く話じゃなさそうだ。
クロエに続けて九重さんと私も自己紹介を済ませると、欧米の人らしく表情豊かにリアクションしてくれる。
話の流れで、九重さんも事故で一つの瞳を失っている事や、彼も普段から視力に問題があるようには全く見えないことを説明し、だから二人とも凄いと率直に伝えた。
お節介かもしれないけれど、九重さんはきっと自分から苦労話をしたりしなさそうだなと思ったのだ。
「それはとても、たいへん、ですね」
「いえ、私は片方見えているので、クロエさんに比べれば大したことはありませんよ」
「ノー、辛い、比べる、意味ない」
穏やかでありながら、しっかりと意見を伝えられるところも素敵だ。美しいのに外見以外の魅力が目立つところが、良く知る誰かに似ているかもしれない。
私がずっと彼女のことをぽーっと見ていたせいか、九重さんに「どうしたんですか?」と不思議がられてしまった。
「すみません、クロエが可愛くて見惚れちゃってました。」
「ワォ、ありがとう、トーコ。
私、自分の顔、あまり知らない。だから、嬉しい」
「そんな…」
彼女は笑顔で答えてくれたけれど、自分の顔がわからないという状況に胸が傷む。それはどれ程辛いことなんだろう。
「心配、いらない。手術、もうすぐ。きっと見えるになる」
「本当に!?」
「はい、楽しみ」
クロエがここにいるのは、先端医療で有名なベリーヒルズビレッジの病院で手術を受けるためだそうだ。嬉しくて思わず「やったー!」と叫んでしまった。出会ったばかりの私ですら医学の進歩に感謝でいっぱいになる。
「良かったら、また、会いたい」
「是非!私こそ、また話できたら嬉しいっ」
「トーコの顔見る、楽しみ」
「それは期待しないで」
それからというもの、毎日のようにクロエと他愛ない話をするのが習慣になっている。
何より彼女が本当に素敵な人だし、お互いのバックボーンが何もかも違っていて、比べたりしないでいい関係が私にはとても心地よかった。同期には到底言えないような悩みも、クロエになら不思議と話せてしまう。
「トーコ、どうして結婚、迷う?」
「格差っていうかさ…色々と私には勿体無い相手で。もっと綺麗で凄い人じゃないと認められなさそうで…」
「認められる?誰に?」
「周りの人とか、彼の秘書とか…」
「ナンセンス!必要なの、ふたりの気持ちだけ。他、いらない!」
確かにそうなのだ。クロエの言うことはよく分かる。私もそんなふうに踏ん切りをつけられたら、どれだけ幸せだろうって思う。
「トーコに伝えたい」
「うん、何?」
「私、後悔、してる。私、恋人いた。怒って、殴って、別れた。もう会えない。」
「な、殴って!?クロエが?」
「そう。もう会えない。目、見えたら、彼、見たい。だけど、叶わない。」
話している途中で、クロエが諦めたように微笑んだ。その表情だけで彼女がどれだけ恋人のことを思っていたのかが伝わってくる。
「後悔、意味ない。愛だけ、大事。
トーコは、後悔、ダメ」
「うん…そうだよね。ありがとう、クロエ」
彼女は何もかも包み込むような柔らかな声で、「だいじょぶ」と言ってくれた。