ロマンスフルネス 溺愛される覚悟はありますか?
ハロウィンの日に待ち合わせ場所に行くと、海賊の仮装をしたクロエは、辺りの注目を一身に集めるほど可愛かった。このままパレードに出ても違和感が無いくらい仮装姿が馴染んでいる。

同じ仮装をしてる私が並ぶと悲惨極まりないのだけど、つべこべを言うのは止めておこう。「一緒に仮装していい?」と恥ずかしそうに言ったクロエの願いを無下にはできない。


クロエの周りには、早くも数人の男性が集まっている。鈴を転がすような声でナンパを断る所を見るのも、これで何度目だろうか。



「オトトイきやがーれ」


「クロエ、何言ってんの…?」


「おぉ、トーコ。ヘルプ。警察ナンバー、教えて」


限られた日本語のおかげでちょっと過激になった言い方に、ナンパをしていた人も苦笑いしている。私が手助けするまでもなく、さっさと撤退していった。


「でもねクロエ、『おとといきやがれ』は今時使わないと思うな。さっきの人たちも冗談だと思ってたみたい」


「伝統的『帰れ』の挨拶、違う?」


「いや、まぁそうなんだけどね…。って、なんだかんだ言ってクロエは日本通だよね。よく知ってるね、そんな言葉」


「 昔の、恋人、ジャパニーズ」


クロエは懐かしそうな、嬉しそうな微笑みを浮かべている。古傷に触れるようで申し訳ないと思いながらも、つい元恋人のことを尋ねてしまった。


「悲しくて、少し、変な人

目が見えないのつらい、言ったら、
ノープロブレム。世界、見る価値ない」


「それ、励ましてるつもりなのかな…?」


クロエがメイビー、と頷いてクスクス笑う。楽観的なのか悲観的なのか、わからない励ましだ。


「彼は、見たい思うの、私だけ。
他は全部、ダーティ、見たくない、言った」


「すごい情熱的!クロエが彼女だからこそ、そう思ったんだろうけど…」


クロエは表情豊かにたくさんのエピソードを話してくれる。


二人で美しい景色をいくつも見に行って、恋人が目の見えないクロエに風景を説明してくれたこと。とっても綺麗だねと言うと、クロエの方が綺麗だと言われたこと。


もしかしたらクロエはずっと彼の想い出話をしたかったのかもしれない。今まで遠慮して聞かずにいたのを少し反省した。


「ロマンチックな人…」


「でも心配。彼は、全部嫌いだった。」


「何を?」


「 世界、自分、全部。

本当は恋できない、言ってた。
いつか、さよならするって」


まるで映画みたいな恋だ。

可憐なヒロインと、盲目的に彼女だけを愛してる恋人。二人は禁じられた恋人同士だったけど、別れてしまった後も、クロエはいつまでも彼の事を思っている。


「それは…淋しいよね。また会いたいって思うよね」


「スノウ」


「え?」


「名前、発音難しい。だから、呼ぶとき、スノウ。ヒー イズ サマースノウ」


「サマースノウ…」


「なとーぅき?ナチュー…んん 難しい」


手に持っていたテイクアウトのコーヒーを落としてしまって、クロエに『だいじょぶ?』と何度も聞かれる。けれど、何も反応できなかった。


クロエの想い出話の登場人物が誰なのか、わかりすぎる程にわかってしまったからだ。喉が張り付いて、声が出せない。
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