ロマンスフルネス 溺愛される覚悟はありますか?
携帯で天気を調べると関東南部に強い雨雲と風の予報が出ている。まだ空は明るいのに、これから急速に天気崩れるらしい。早く見つけないと大変な事になってしまう。
「クロエ…」
タクシーを降りて東京湾を見渡すウッドデッキに足を向ける。運転手さん曰く、この辺で海を見たいならここが一番お勧めらしい。遠くにはお台場のランドマーク的な建物が見えるけれど、この辺りは人も少なく静かだった。
クロエがそう遠くまで歩くとも思えない。
歩きやすくて、静かで、少しでも海に近い場所を探すことにした。
海の匂いや波の音が感じられるところ。
道が広くて、安全なところ。
歩き回った頃にはすっかり空は暗くなり、ぽたぽたと雨が落ち始める。
「どうしよう、もう雨で見えなくなっちゃう」
そういえばさっきから通りすがりの人にやたらと視線を向けられるな…と不思議に思って、やっと自分が海賊の仮装をしてることを思い出した。
頭にターバンを巻いて、白いブラウスに太い編み上げのベルト、ワインカラーのスカートにブーツという出で立ちで黙々と歩き回っているのだから、ほとんど不審者も同然だ。
「いい大人が恥ずかし…
あっ、クロエもこの格好してるんだった…!」
それからは、すれ違う人に同じ服を来た人が居なかったか尋ねて回る。何人もの人に怪訝な顔をされた後、
「浮桟橋の方にいた気がする。はじっこに立ってたから、落ちそうで心配だったんだよ。」
「ありがとうございますっ」
嫌な予感に全速力で向かった。もう雨は耳にうるさい程のどしゃ降りになっていて、さらに冷たい風が吹き付けてきた。
クロエ、お願いだから無事でいて。
遠い浮桟橋に微かに人影が見える。桟橋とはいえ、かなりの高さだ。もし落ちたら命に関わる。
「クロエ…!」
たどり着いた時には息が切れてまともに声も出ない。大雨のせいで滑る地面に注意しながら、彼女の背中に向かって慎重に歩みを進める。
やっと手が届くと思ったその瞬間。
「矢野さん、クロエさんに何しようとしてるんですか!」
どうして今、九重さんの声がするの?
びっくりして振り向くと、そのまま身体は宙に浮いていた。正確には、背中を押されて橋の手摺を越え、海に身体が投げ出されていた。
どうして?
冷たい海に強く打ち付けられて、混乱は容赦の無い痛みと息苦しさに変わる。