ロマンスフルネス 溺愛される覚悟はありますか?
冷たい
息ができない
「…っ…ごほっ…」
服がまとわりついてまともに動くこともできず、身体が冷えて感覚が薄れてきた。
視界は水面の境界を行ったり来たりして、次第に暗い水の中が見える時間が長くなる。このまま私は死ぬのかなと思うと、意識がどんどん遠ざかっていった。
何かが放物線のように落ちてきて、バシャッと大きな水音がする。
「I'm here! 」
よく知る声の、それでいて別人のような低い声が耳に響く。
「You've got a help!」
何度となく叫びながら必死でこちらに近付いてくる姿。
夏雪…
「Chloe!!」
悲痛な声は刃のように胸に刺さった。夏雪は私のことをクロエと勘違いして助けに来たんだ。
冷たい海に迷わず飛び込んでしまうほど、夏雪はクロエのことを心配して…
クロエは大丈夫だからと伝えたいけど、水を飲んでしまうばかりで少しも身体が動かない。消えかけた意識が引き戻されたのは、予想外のキスの感触だった。強く身体を引き寄せられて、唇が押し広げられる。
「ごふっ…」
背中を叩かれて水を吐き、彼の肩に腕をかけられる。その時になって夏雪が唖然としたように私の名前を呼んだ。
「どうして、あなたが…」
「…ごめ…ん」
「透子!しっかりしてください!
透子!透子!!」
混濁していく意識の中で、夏雪は私のことクロエだと思ったままキスしたんだと気が付いた。
その事実が夏雪のクロエを呼ぶ悲痛な叫び声と重なって、心の中はもう一度冷たい海水に飲み込まれていった。