ロマンスフルネス 溺愛される覚悟はありますか?
ある時とても険しい気配がして、もう目を醒まさなきゃと無意識の警報が鳴る。
クロエが、「目が見えなくても、その分だけ他の感覚が鋭くなるから、何となくわかるの」と言っていたことがある。
どんなふうに分かるんだろうと、あの時は不思議に思っていた。けれど同じ感覚を、今は全身で感じ取っている。
「…九重さん、ずっと話がしたいと思ってました」
覚醒の魔法がかかったように瞼が開き、声を取り戻す。どうせなら王子様のキスで目を醒ましたかったけれど、それは海の中を最後に、もう消えて無くなったのだ。
「矢野さん、お元気そうで何よりです」
身体にセンサーやら点滴の管が繋がれて、機械的な電子音まで聞こえてるのに、私のどこが元気に見えるんだろう。
言い返したくなるのを我慢して「そう思って頂けて良かったです」と伝えると、彼は壊れたような笑い声をあげた。本能的に恐怖を覚える、感情の分からない笑いだった。
「矢野さんは胆の座り方だけは尋常じゃないですね。感心します。
勘違いしてほしくないんですけど、夏雪様がもしあの場にいらっしゃらなかったら、きちんとお助けするつもりでしたよ。」
「それなら、どうして」
私を海に落としたりしたんですか。問いかける前に九重さんが答えた。
「矢野さんがクロエさんを突き落とそうとするを止めなければと思いまして。
ですがあの雨風で視界も悪かったですからね。クロエさんを庇ったら、結果的に矢野さんが海に落ちることになってしまい、申し訳無かったと思っています。」
そんなはずない。だって九重さんがもし私を止めようとしたなら、腕を引っ張って簡単に止められたと思う。九重さんは私とは体格も力も違うもの。
それに私はクロエを押そうとして足を滑らせたんじゃなくて、背中を押されて浮桟橋から落ちたのだ。間違いようがない。
けれど、そんな言い争いをしても意味なんて無くて。
「話を聞いて下さい。私で、最初で最後にして欲しいんです」
「何を?」
「九重さんは夏雪にとって必要な人です。夏雪が秘書として九重さんのことを信頼してるのも知ってます。だからどうか、もう夏雪の信頼に背くことはしないで」
「小娘が何を分かったようなことを言ってるんです。私がいつ夏雪様の信頼に背きました?
私は全身全霊であのお方のためを思って行動しているのです。肩に小蝿が止まっていれば振り払う、それだけのことです。」
「自分のためだとしても、きっと夏雪は傷つきます。
私は夏雪に告げ口したりしないから。だから、今のうちにもう止めて」
九重さんが瞳を三日月のように細める。夏雪のことを大切に思うのは九重さんも私も同じなのに。どうしてこんなにもすれ違ってしまうのだろう。
「蝿の分際で、今も自分の方が私より優位に立っていると勘違いしているんですか?
夏雪様の愛情がいつまでも矢野さんにあるとでも?
自信を持っているところ悪いんですが、夏雪様はあなたのクロエさんに対しての非道な行いに頭を悩ませていましたよ。」
「…!」
九重さんはすぐそばで私を見下ろし、憐れむように笑った。 負けるもんかとお腹に力を込めても、夏雪の話題に心が捻り潰されていく。
「……けほっ…けほっ」
「いつまでもここにいられると目障りですから、早く退院して頂かない…
!」