ロマンスフルネス 溺愛される覚悟はありますか?
8
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あれから約1ヶ月の時が流れ、クリスマスイブの日。久しぶりに来たベリーヒルズビレッジは、子供たちの楽しそうな声に溢れていた。
大きなクリスマスツリーが華やかな輝きを放って、エリア一帯がクリスマスのオーナメントで美しく彩られている。
ムードたっぷりの、幸せそうな恋人同士や家族連れが歩いている景色は、私には辛いけど。
今日はどうしてもチャリティーコンサートに来たかったのだ。本当は夏雪と来るはずだった樫月当主のピアノコンサート。チケットは自分で予約した。もちろん、一枚だけ。
チャリティーコンサートだけあって、会場には大きめの募金箱が設置されている。管理がしっかりしていることを確かめてから、思いきって一枚の小切手を投げ入れた。
元は『慰謝料』の名目で振り込まれたれたもので、私には目玉の飛び出るような金額だった。
海に落ちた件の慰謝料ということらしいけれど、夏雪との手切れ金を渡されたような気がして心が重たくなる。だからきっと、こうやって使ってしまうのが一番いい。
「いい加減、就活しないとね」
だから今日は心の整理をつけるための日なのだ。サンタも恋人も、誰もプレゼントをくれる人なんていない身の上なのだから、悟りの気持ちくらいは持っていたい。
「…それにしても、樫月当主ってあんなヒトだったの?」
夏雪から、当主はやり手の経営者で不要なものは容赦なく切り捨てる急進派と聞いていたから、とにかく強そうで豪快なおじさんを想像していたのだけど。
樫月当主その人は『白馬の王子さま』を地で行くさわやかイケメンだった。会場内に響く黄色い声援に投げキッスでニコニコと応えていて、明るくて軽やかなキャラクターにびっくりする。
「夏雪は絶対ああいうことしないだろうな…」
この当主が真嶋家の結婚の掟をなくしたり、夏雪にゆるキャラ企画を命じて困らせたりしてたんだと思うと不思議だ。
さすがにピアノは趣味の延長の腕前なのかと思いきや、知る人ぞ知る超絶技巧ピアニストなのだそう。
その才能のせいなのか、楽しいコンサートなのに、音楽に反応するように涙がせり上がってくる。それも、すーっと静かに泣くのじゃなくて、何度も嗚咽してしまうようなぐっしゃぐしゃの涙だ。
ひっそりと会場を抜け出して、一人で泣ける場所に逃げ込んだ。人前で泣くのはどうしても苦手だった。
幸い外のベンチには誰もいなかったので、バッグからハンカチを取り出して堪えていた嗚咽を漏らす。
あのピアノはずるい。慈愛を注ぐ優しい雨のように感情を押し流していくのだ。会場から時折聞こえてくる大きな拍手の音を聞きながら、止まらない涙を拭き続けた。
「お姉さんどうしたの?こんな日に一人で泣いて」
あれから約1ヶ月の時が流れ、クリスマスイブの日。久しぶりに来たベリーヒルズビレッジは、子供たちの楽しそうな声に溢れていた。
大きなクリスマスツリーが華やかな輝きを放って、エリア一帯がクリスマスのオーナメントで美しく彩られている。
ムードたっぷりの、幸せそうな恋人同士や家族連れが歩いている景色は、私には辛いけど。
今日はどうしてもチャリティーコンサートに来たかったのだ。本当は夏雪と来るはずだった樫月当主のピアノコンサート。チケットは自分で予約した。もちろん、一枚だけ。
チャリティーコンサートだけあって、会場には大きめの募金箱が設置されている。管理がしっかりしていることを確かめてから、思いきって一枚の小切手を投げ入れた。
元は『慰謝料』の名目で振り込まれたれたもので、私には目玉の飛び出るような金額だった。
海に落ちた件の慰謝料ということらしいけれど、夏雪との手切れ金を渡されたような気がして心が重たくなる。だからきっと、こうやって使ってしまうのが一番いい。
「いい加減、就活しないとね」
だから今日は心の整理をつけるための日なのだ。サンタも恋人も、誰もプレゼントをくれる人なんていない身の上なのだから、悟りの気持ちくらいは持っていたい。
「…それにしても、樫月当主ってあんなヒトだったの?」
夏雪から、当主はやり手の経営者で不要なものは容赦なく切り捨てる急進派と聞いていたから、とにかく強そうで豪快なおじさんを想像していたのだけど。
樫月当主その人は『白馬の王子さま』を地で行くさわやかイケメンだった。会場内に響く黄色い声援に投げキッスでニコニコと応えていて、明るくて軽やかなキャラクターにびっくりする。
「夏雪は絶対ああいうことしないだろうな…」
この当主が真嶋家の結婚の掟をなくしたり、夏雪にゆるキャラ企画を命じて困らせたりしてたんだと思うと不思議だ。
さすがにピアノは趣味の延長の腕前なのかと思いきや、知る人ぞ知る超絶技巧ピアニストなのだそう。
その才能のせいなのか、楽しいコンサートなのに、音楽に反応するように涙がせり上がってくる。それも、すーっと静かに泣くのじゃなくて、何度も嗚咽してしまうようなぐっしゃぐしゃの涙だ。
ひっそりと会場を抜け出して、一人で泣ける場所に逃げ込んだ。人前で泣くのはどうしても苦手だった。
幸い外のベンチには誰もいなかったので、バッグからハンカチを取り出して堪えていた嗚咽を漏らす。
あのピアノはずるい。慈愛を注ぐ優しい雨のように感情を押し流していくのだ。会場から時折聞こえてくる大きな拍手の音を聞きながら、止まらない涙を拭き続けた。
「お姉さんどうしたの?こんな日に一人で泣いて」