ロマンスフルネス 溺愛される覚悟はありますか?
知らない人だった。同世代に見えるから、もしかしてナンパの人だろうか。私なんかにわざわざ声をかけなくてもいいのに。
何にせよ興味はないし、感じよく断る気力もない、今はただ泣いていたいだけだ。
話し掛けないでと首を振ってその場を立ち去ると、面倒なことにその人が後をついてくる。
「お姉さん、彼氏にふられたならパーっと憂さ晴らししようよ?」
「しない」
「せっかく綺麗にしてるのに、一人で家に帰ったら勿体ないよ。俺を彼氏の身代わりにしたらいいでしょ?」
「全然、ならない」
「うわ、ひでー。もしかしてサバサバしてるつもりで単に口が悪いヒト?せっかくちょっと可愛いのに、そんなだから振られちゃうんじゃない」
むか。
肩まで掴まれたので怒って顔を上げると、視界の端で白い影が動いた。何かがもふっとした体当たりで男の人を突き飛ばしている。
白いもふもふの身体につぶらな瞳。動物の耳のような緑の葉っぱを頭に2つ乗せている。
「おーくん…?」
あのゆるキャラ、おーくんが「もきゅっ」と音を立ててジャンプし、お尻でもふもふとアタックしてる。やられても痛くないだろうけれど、多分けっこう恥ずかしい。地味に嫌な攻撃。
「何だコイツ…やめろって」
さらに尻尾でブンブンされて、面倒くさくなったのか男の人はどこかへ行ってくれた。
「もしかして、助けてくれたの?ありがとう」
おーくんのほっぺたがピンクになって「うきゅー」ともじもじする。エモーションアシストシステム機能のおかげで、おーくんには表情があるんだっけ。きっとこの子は樫月グループのチャリティイベントに出演予定なのだろう。
今となってはすっかり人気者になったおーくん。ごく稀におーくんが手渡してくれる銀色の葉っぱは『幸せになれる激レアの御守り』として話題になっている。
「休憩中なのにゴメンね。私はあっちに行くから、もう大丈夫」
移動しようとすると、どういうわけか引き止められる。キャラクターとしてのサービス精神だろうか。
「…あー、泣いてたから気を遣ってるの?。気にしないでいいよ。人前では泣けないし、一人の方が都合がいいいから」
おーくんが「おや?」と言うように首を傾げた。
掲示されている「おーくんのヒミツ!」を指差しているので読むと、そこにはおーくんの紹介文…『おーくんは樹齢200年の樫の木の妖精です!葉っぱのパワーでみんなに幸せを届けるよ!』…が書かれていた。
その『樫の木の妖精です』の部分をコツコツと指で叩いている。着ぐるみらしからぬ、妙に偉そうな動きである。
「もしかして、妖精だから人前じゃないって言いいたいの?」
『うむうむ』と言うようにおーくんが頷く。…無駄なこだわりである。
今度はおーくんが大きく腕を広げて、フカフカとした体をぽんぽん叩いた。まさか、泣くのに胸を貸してくれるとか言う気なのだろうか。
「いや、けっこうです…」
「もきゅー」
悲しそうに瞳をうるうるされても、嫌なものは嫌。百歩譲って妖精の前だとしても泣きたくないし、いい大人が恥ずかし過ぎる。
「本当ーーに一人になりたいだけだから、気を遣わないでね!」
すると「待って」とジェスチャーしたおーくんが、どんぐりの飾りのポシェットに手を入れた。
中をごそごそ探してるみたいだけれど、手が
丸いせいで上手く取れないようだ。「うきゅー」と困った顔をしてポシェットを覗き込んでいる。
何だろう、この、妙に手のかかるゆるキャラは…。
これからクリスマスのイベントを控えてるだろうに、中の人は大丈夫なんだろうか。