ロマンスフルネス 溺愛される覚悟はありますか?
ちなみに樫月グループというのは商社や金融などの巨大企業の集まりで、旧財閥の樫月家が中心となって運営されている。
夏雪もこの樫月グループの一員で、夏雪の実家は樫月家の傍系にあたるそうだ。
「それで、このゆるキャラのどこが困った事態なの?」
「ゆるキャラ…?
そうですね、樫月家当主が言うには、このままでは個性が無いと。」
「…!」
おーくんが抱えているのは、あまりにも根本的な問題だった。個性が乱立した世界でポジションを得ようとする、全ゆるキャラが宿命として背負う大問題である。
「俺の目にはこのままでも十分奇怪な獣に見えるのですが」
「奇怪な獣って…。もうちょっと可愛い言い方してあげなって。
でも、ゆるキャラって何でもアリの世界だもんね。一大ブームが過ぎた後だし、このままだと確かに押しは弱いかも」
「仕事というわけではないのですが、常識に囚われない発想でアイディアを出すよう求められ、一体何をどうしたものかと」
夏雪が絶望的な様子で頭を抱えている。それもそうだろう。夏雪にゆるキャラなんて畑違いも良いところ。樫月グループの当主という人は、何てとんちんかんな采配をしてるんだ。財閥って謎過ぎる。
「それにね、夏雪。今からゆるキャラを作ったって、結局はあの梨汁がほとばしってるアイツには勝てないのよ…」
「なし…じる?」
夏雪に、携帯で例のゆるキャラ界の絶対的存在の動画を見せる。サイケデリックな瞳の黄色い笑顔。ハイテンションなトークと秀逸なパフォーマンス。
夏雪はそれを、前衛芸術か何かを観賞するように眉をしかめて観察していた。
「少し…整理させてください。
これは、大部分がキャラクターの魅力ではなく、もはや中で演じている方の魅力では。仮に当人がこの着ぐるみを脱いで…」
「わーっ!ダメだって!
その先は禁忌。着ぐるみじゃなくて、動くキャラクターなの。『中の人などいない』から。重要なことだから覚えておいて」
「中の人などいない…?しかしこれはどう見ても、着ぐるみを被る人間に依存したシステムです。」
ゆるキャラをシステムとか言わないで、と注意するだけ無駄だろう。夏雪は何かを真剣に考えている。
「キャラクターのデザインよりも、その内面性に着目すべき…か。ただしパフォーマンスに優れた演者は稀有であり、そこに課題がある。テクノロジーによる補完という切り口では…?
ん、透子のお陰で解決の糸口が見えてきました。」
「本当に?今のが何の役に立ったのかわからないけど?」
「いえ、十分です。方向性さえ決まれば具体的なプランを練るのはデザイナーやディレクターに依頼しますから。
ありがとう透子、やはりあなたに相談して良かった」