不老不死の王子と夢みるOL
土はふかふかで、ストッキングしか守るものがなくても、足に傷などはつかなかった。
これは夢なのだから、傷がつかないのは当たり前なんだけど。
「ん? あれは……街?」
見下ろした景色は、分厚いコンクリートに覆われた、一つの街。それも、大きい。
自分が相当上から見下ろしているのもあるが、大きい。まるで巨大な宝石箱が現れたかのよう。覆われた中にある街並みはカラフルで、本当に物語みたい! 素敵。
「ていうか、こんなに高みにいたのね」
草木などを愛でながら歩いていたので、ゆるやかな坂だとは思ったが、こんなに登っていたとは。
「行ってみようかな」
思いの外、目的地には迷うこともなく早く着けたのだが……
「え! ど、どうして?」
一つしかないように見えた大きな門までたどり着いた私は、門番さんの言葉に唖然としていた。
「言っているだろう、関係ない者は入国を許されていない。それに……お前は怪しい」
私の服を上から下まで怪訝そうに見た。
いやいや、私からすれば甲冑着て、巨大な槍を持っている方がどうかしている! 夢じゃなければ言っていたところ。
「で、でも、私、ここに入れないと今夜どうすればいいのか……」
早く着けたとはいえ、すでに太陽は傾きつつある。
所詮は夢みるOLが描いた夢かもしれないけど、野宿は嫌だ。必死になる。
「ほ、本当に行くところがないんです。ほら、怪しいところなんて無いし、それに……そう! 見て、裸足なの!」
だからなんだ、と言いたげに、門番は首を振る。
「駄目なものは駄目だ。規則なんだよ」
悪いな、と同情をするような彫りの深い二重で私の肩を軽く叩いた。
ケチ。
はあ、とため息をついた後、悲しげに大きな門を見上げる。
登るのは……無理ね。
どこか隙間でもないかしら、と一周しようと歩き出した時。
「おい! 門を開けろ!」
頭上から野太い声が聞こえて、門番さんとほぼ同時に見上げる。
え、開けてくれるの!? と瞳を輝かせる。
「いや、でも、この女は怪しいぞ。いいのか? 俺は反対だぞ」
門番さんがすぐに駄目だ、と返す。
優しくない。全くもって、この門番さんは優しくない。
「何を言ってる。その女じゃない。王子が戻られる! すぐに開けろ!」
「なんだ、そっちか」
門番さんが呟くと、迅速に開けにかかる。
そして硬直している私を見て「入るなよ」と念を押した。
門番さんの言葉などは、すぐに流れ、ひとつの言葉がいつまでも残る。
「王子、様」
いるのね、この国には。王子様が!
どんな人なのだろう。こんなに大きな国だもの、きっと凄い人かもしれないわ。
期待が期待を運び、そして大きな期待に変化する。
わ、私、もしかして、プリンセスになれるのでは? そうよ、これは私の夢! 夢は都合良く通るはず! なれるのよ! 三浦海、二十四歳。ついに王子様に出会えるのね。
胸に手を当て、高鳴る鼓動を抑えながら、今か今かと門の脇に立ち尽くす。
「おい、あんた、邪魔だぞ。王子が戻られるんだ、そんなところにいるなよ! もっと遠くへ行け」
……なるほど、相当、凄い人のようね。とりあえず頭を垂れる。
「いや、おい、そうじゃなくて! もっと遠くにだな!」
怪しい奴を王子に見せるわけにはいかない! と門番さんが威嚇するが、私は動かない。知らんぷりだ。だって王子様を見れるのよ? それに、どうせ夢。夢主の私に逆らえるわけないじゃない。
「おい、刺すぞ! 聞いてるのか、女!」
しん、と辺りが突然、静まり返る。
門を開ける音や忙しく騒ぐ兵隊さん? みたいな人達も、いつの間にか動きを止めた。
そんな中、門番さんの舌打ちが聞こえたと思ったら、私の隣へ立つ。
そして、同じく頭を下げた。
その空気に、私は悟った。
来たのだ、と。王子様が。この国に戻られたのだと。
カチャカチャと何かが擦れる音。そして、馬の吐く息と、規則正しく地を踏む足音。数十人が、戻ってきたのだろう。
列は長いようだ。その中盤。
駄目、駄目! そう思っているのに、身体は逆らうかのように、頭を少しずつ持ち上げる。
一目でも良いから、この目に王子様を!
物語ではよく、王子様は列の真ん中辺りを歩くことが多い。きっと、この夢もそう。
考えるだけで、我慢が効かなくなった。
せーのっ! と、無礼を承知で見上げると、私を視界に捕らえたらしい人影は、逆光を背負って振り返った。
太陽に透かされたさらさらな金髪、陶器のように滑らかで白い肌、形の良い唇に、通った鼻筋。
瞳は逆光で見れないが、きっと凄い。
あ、どえらいイケメンだ。それも、王道の。瞬時に理解した。
馬の上から見下ろす姿が、もう王子様。このお方だ。
「ひっ」
想像の五、いや十億倍の外見に、私はショート寸前。
王子が私を見、何か言おうと口を動かすより早く、両手で顔を覆い、その場にうずくまる。
ムリムリムリ!! え……無理!!!
何が無理って? もう無理! あんなにイケメンなんて聞いてない!
世のプリンセス達、凄くない? あんな顔面した人と平気で会話しているの? 私は無理!
直視も出来ない、どうしよう!
「…………どうした」
王子らしき人の声が降ってくる。
え、まじもう、無理! 声までイケメン……なんだか泣けてきた。私の夢やばいよ、リアルすぎて。
もうプリンセスになれる気しないよ。王子様と恋とか無理。
「も、申し訳ございません! この怪しい者は、入国禁止にしたのですが、なんともしつこくて!」
耐えかねたのか、門番さんが隣から必死に王子へ言い訳を。
それを聞きつつも、私の感情はジェットコースターのように衝撃を通り越して羞恥になっていた。
「そうか、プリンセス達は可愛くて綺麗で美しい。思えば王子様と釣り合うような容姿だったんだ。だから面と向かって話も出来るし、恋も……ああ、なんて馬鹿だったの。私みたいな一般市民がなれるわけないじゃない!」
ここまで一息だ。それも、決して大きい声ではない。呟くようにブツブツと発していた。
そうか、そうだったのね。そして、落胆。
世の人達がプリンセスになって王子様と恋愛しようとしないのは「諦めている」のではなく「出来ないから」だったのね。
「……知りたくなかった」
それは、私も同じ。プリンセス達が現代にいたとしても私はなれない。いくら内面を磨こうと、身分も容姿も何もかもが無いのだから。
「……具合でも悪いのか?」
王子が気を使ってくれるが、それどころではない。感情がジェットコースターのように上がったかと思えば、下降して下降して止められないのだから。
「あ、なんでもないので。はい」
放って置いてください、と顔を少し上げ、けれど視線は交わさず返す。そしてまた、うずくまる。
少しだけ静まり返った時間の中。
王子が一言。それは、とてもよく通る声だった。
「…………この者を門の中に迎え入れろ」
「お、お待ち下さい、王子。ですが、この者……明らかにおかしな服装で」
門番さんはどうしても反対のようで、渋る。
「聞こえなかったのか、ルドルフ。先程のは王子の言葉。二度は言わぬぞ」
一段と低い声が聞こえた。
それは門番さんでも王子でもない。
だが、門番さんよりは身分が高いのだろう、押し付けるかのような声に、従うしかないようだった。
「はい、申し訳ございません」
そんなやり取りを耳にはしていたが、王子一行がその場を去ってもまだ、私はうずくまっていた。
辺りから人の気配がなくなっていく中。
「……おい、ほら、入れよ」
気まずそうにしつつも、先程の門番さんが何故か迎えに来てくれて、私はこの街への入国を果たした。
これは夢なのだから、傷がつかないのは当たり前なんだけど。
「ん? あれは……街?」
見下ろした景色は、分厚いコンクリートに覆われた、一つの街。それも、大きい。
自分が相当上から見下ろしているのもあるが、大きい。まるで巨大な宝石箱が現れたかのよう。覆われた中にある街並みはカラフルで、本当に物語みたい! 素敵。
「ていうか、こんなに高みにいたのね」
草木などを愛でながら歩いていたので、ゆるやかな坂だとは思ったが、こんなに登っていたとは。
「行ってみようかな」
思いの外、目的地には迷うこともなく早く着けたのだが……
「え! ど、どうして?」
一つしかないように見えた大きな門までたどり着いた私は、門番さんの言葉に唖然としていた。
「言っているだろう、関係ない者は入国を許されていない。それに……お前は怪しい」
私の服を上から下まで怪訝そうに見た。
いやいや、私からすれば甲冑着て、巨大な槍を持っている方がどうかしている! 夢じゃなければ言っていたところ。
「で、でも、私、ここに入れないと今夜どうすればいいのか……」
早く着けたとはいえ、すでに太陽は傾きつつある。
所詮は夢みるOLが描いた夢かもしれないけど、野宿は嫌だ。必死になる。
「ほ、本当に行くところがないんです。ほら、怪しいところなんて無いし、それに……そう! 見て、裸足なの!」
だからなんだ、と言いたげに、門番は首を振る。
「駄目なものは駄目だ。規則なんだよ」
悪いな、と同情をするような彫りの深い二重で私の肩を軽く叩いた。
ケチ。
はあ、とため息をついた後、悲しげに大きな門を見上げる。
登るのは……無理ね。
どこか隙間でもないかしら、と一周しようと歩き出した時。
「おい! 門を開けろ!」
頭上から野太い声が聞こえて、門番さんとほぼ同時に見上げる。
え、開けてくれるの!? と瞳を輝かせる。
「いや、でも、この女は怪しいぞ。いいのか? 俺は反対だぞ」
門番さんがすぐに駄目だ、と返す。
優しくない。全くもって、この門番さんは優しくない。
「何を言ってる。その女じゃない。王子が戻られる! すぐに開けろ!」
「なんだ、そっちか」
門番さんが呟くと、迅速に開けにかかる。
そして硬直している私を見て「入るなよ」と念を押した。
門番さんの言葉などは、すぐに流れ、ひとつの言葉がいつまでも残る。
「王子、様」
いるのね、この国には。王子様が!
どんな人なのだろう。こんなに大きな国だもの、きっと凄い人かもしれないわ。
期待が期待を運び、そして大きな期待に変化する。
わ、私、もしかして、プリンセスになれるのでは? そうよ、これは私の夢! 夢は都合良く通るはず! なれるのよ! 三浦海、二十四歳。ついに王子様に出会えるのね。
胸に手を当て、高鳴る鼓動を抑えながら、今か今かと門の脇に立ち尽くす。
「おい、あんた、邪魔だぞ。王子が戻られるんだ、そんなところにいるなよ! もっと遠くへ行け」
……なるほど、相当、凄い人のようね。とりあえず頭を垂れる。
「いや、おい、そうじゃなくて! もっと遠くにだな!」
怪しい奴を王子に見せるわけにはいかない! と門番さんが威嚇するが、私は動かない。知らんぷりだ。だって王子様を見れるのよ? それに、どうせ夢。夢主の私に逆らえるわけないじゃない。
「おい、刺すぞ! 聞いてるのか、女!」
しん、と辺りが突然、静まり返る。
門を開ける音や忙しく騒ぐ兵隊さん? みたいな人達も、いつの間にか動きを止めた。
そんな中、門番さんの舌打ちが聞こえたと思ったら、私の隣へ立つ。
そして、同じく頭を下げた。
その空気に、私は悟った。
来たのだ、と。王子様が。この国に戻られたのだと。
カチャカチャと何かが擦れる音。そして、馬の吐く息と、規則正しく地を踏む足音。数十人が、戻ってきたのだろう。
列は長いようだ。その中盤。
駄目、駄目! そう思っているのに、身体は逆らうかのように、頭を少しずつ持ち上げる。
一目でも良いから、この目に王子様を!
物語ではよく、王子様は列の真ん中辺りを歩くことが多い。きっと、この夢もそう。
考えるだけで、我慢が効かなくなった。
せーのっ! と、無礼を承知で見上げると、私を視界に捕らえたらしい人影は、逆光を背負って振り返った。
太陽に透かされたさらさらな金髪、陶器のように滑らかで白い肌、形の良い唇に、通った鼻筋。
瞳は逆光で見れないが、きっと凄い。
あ、どえらいイケメンだ。それも、王道の。瞬時に理解した。
馬の上から見下ろす姿が、もう王子様。このお方だ。
「ひっ」
想像の五、いや十億倍の外見に、私はショート寸前。
王子が私を見、何か言おうと口を動かすより早く、両手で顔を覆い、その場にうずくまる。
ムリムリムリ!! え……無理!!!
何が無理って? もう無理! あんなにイケメンなんて聞いてない!
世のプリンセス達、凄くない? あんな顔面した人と平気で会話しているの? 私は無理!
直視も出来ない、どうしよう!
「…………どうした」
王子らしき人の声が降ってくる。
え、まじもう、無理! 声までイケメン……なんだか泣けてきた。私の夢やばいよ、リアルすぎて。
もうプリンセスになれる気しないよ。王子様と恋とか無理。
「も、申し訳ございません! この怪しい者は、入国禁止にしたのですが、なんともしつこくて!」
耐えかねたのか、門番さんが隣から必死に王子へ言い訳を。
それを聞きつつも、私の感情はジェットコースターのように衝撃を通り越して羞恥になっていた。
「そうか、プリンセス達は可愛くて綺麗で美しい。思えば王子様と釣り合うような容姿だったんだ。だから面と向かって話も出来るし、恋も……ああ、なんて馬鹿だったの。私みたいな一般市民がなれるわけないじゃない!」
ここまで一息だ。それも、決して大きい声ではない。呟くようにブツブツと発していた。
そうか、そうだったのね。そして、落胆。
世の人達がプリンセスになって王子様と恋愛しようとしないのは「諦めている」のではなく「出来ないから」だったのね。
「……知りたくなかった」
それは、私も同じ。プリンセス達が現代にいたとしても私はなれない。いくら内面を磨こうと、身分も容姿も何もかもが無いのだから。
「……具合でも悪いのか?」
王子が気を使ってくれるが、それどころではない。感情がジェットコースターのように上がったかと思えば、下降して下降して止められないのだから。
「あ、なんでもないので。はい」
放って置いてください、と顔を少し上げ、けれど視線は交わさず返す。そしてまた、うずくまる。
少しだけ静まり返った時間の中。
王子が一言。それは、とてもよく通る声だった。
「…………この者を門の中に迎え入れろ」
「お、お待ち下さい、王子。ですが、この者……明らかにおかしな服装で」
門番さんはどうしても反対のようで、渋る。
「聞こえなかったのか、ルドルフ。先程のは王子の言葉。二度は言わぬぞ」
一段と低い声が聞こえた。
それは門番さんでも王子でもない。
だが、門番さんよりは身分が高いのだろう、押し付けるかのような声に、従うしかないようだった。
「はい、申し訳ございません」
そんなやり取りを耳にはしていたが、王子一行がその場を去ってもまだ、私はうずくまっていた。
辺りから人の気配がなくなっていく中。
「……おい、ほら、入れよ」
気まずそうにしつつも、先程の門番さんが何故か迎えに来てくれて、私はこの街への入国を果たした。