不老不死の王子と夢みるOL
門の中に迎え入れられたはいいが、今だ気分は晴れない。
迎え入れられたところから一歩も動かず、しゃがんでいると、初めは不審な目を向けていた街人達も、次第に私の周りからいなくなっていった。
長年──二十四になるまでずっと知らずに王子様を、お姫様を夢見てきたのだから。
それが夢の中とはいえ、無惨に散った。夢の中でさえお姫様になれず、こんな現実をつきつけられるなんて。
夢だけど、この感情は現実のようで、とても受け入れたくない。いっそこのまま。
「……ずっと眠っていたい」
「ったく、あんたさ、行くとこ無いなら、ハスウィルばあさんのとこに行けよ」
「……門番さん」
いつからそこにいたのか、私が見上げると、ガジガジと汗に濡れた髪を豪快に撫で付けた。
そういえば、あの重そうな甲冑を脱いだらしい彼は、黒く短めの髪が綺麗で、ワイルドらしい身体つきと、それに似合う男前な顔つきをしていた。
なんだ、門番さんもイケメンなのか、この国は。
「俺も交代の時間だし、面倒だけど、連れていってやるよ。ハスウィルばあさんなら、手伝い探してたし、住むとこも貸してくれるだろう」
「……どうして」
「なんか分からねえけど、落ち込んでんだろ? 見たことない服だけどよ、遠くから来た訳ありだろ。どうせ家出か何かなら、長居していけよ。良い国だぜ、ここは」
「……門番さんっ!」
やだ、傷ついているときにそんな優しくされたら、好きになっちゃいそう。
それでなくとも、自分の夢に将来の夢をぶち壊されたばかりなのに。
「……俺はリカルド。お前は?」
「海! 三浦海」
「ウミ? 変わった名前だな」
行くぞ、と歩き出す。
私もその後を追う。太陽はいつの間にか傾き、夜が訪れていた。
門番さん──いや、リカルドは、案外、世話焼きな性格なのかもしれない。
思えばヤンキーが子猫を拾うような、そんな優しさがある人に見えなくもない。
歩くこと数分。
住宅街を抜け、噴水のある広場に出たところを通って、さらに奥へ。
「……ここ?」
目の前には、黄色い屋根の……こういってはアレだが、年数は結構いってそう。
所謂、ボロい一軒家。サツキとメイの家みたいだ。
「ああ。ここは弁当屋を営んでいてな。飯はハスウィルが作ってるんだが、宅配の手伝いがいねえって嘆いててな。この街のことも知れるし、一石二鳥だろう」
「え、ありがとう」
そんなことまで考えてくれていたのか? はたまた偶然か。本当にリカルドが良い人なのは確かなようで、素直にお礼も出た。
「おーい、まだ起きているかハスウィル! コログス!」
ゴンゴン、と若干、乱暴にドアを叩くリカルド。ドアが壊れそうで心配になる。
「なんだい、こんな乱暴に……リカルドだろう? 弁当のおかずのことなら…………あら?」
少し扉を開けた髪を団子に結っている年配の女性は、リカルドを見るなり嬉しそうで、そして私に気がついてきょとん、とした。
「おう、ハスウィル。弁当のおかずは肉が良いと思うのはいつものことだが、今日は違えよ。こいつ。ここで雇ってやってくれ。この若さで浮浪者なんだ、可哀想だろ?」
「な! ふ、浮浪者なんかじゃ」
いや、まてよ。完全に否定はできないな。
困惑する私に、ハスウィルの嬉しそうな声が重なる。
「あらあらあら! 良いの? うちで働いてくれるの?」
そんなに喜んでくれるとは。
「なあ、こいつに服もやってくれ。どこからか家出してきたらしい。ここしか無いんだと。名前はウミ。このばあさんがハスウィルだ」
「まあ! ウミ、良い名前。大変だったでしょう……でも、若い内はよくあることだわ! さあさあ、おいでなさい」
本当に可哀想な目を向け、けれど嬉しそうに招き入れてくれた。
「お節介だが、いい人だ。じゃあな」
リカルドはこっそりと私に耳打ちし、背を向けた。
「あ、あの、本当にありがとう、リカルド」
返事をする代わりに、手を上げて行った。
あんたもいい人だよ、リカルド。たぶんモテるだろうな、と考える。
招かれて、室内へと入る。
照明が明るくて、思わず目を細めた。
室内も古いが、全体的に明るい色が多く、こういう暖かい匂いのする家も良いかもな、という気分にさせられる。
そんな私に気づきもせず、ハスウィルは私を案内する。
「さあ、まずはご飯かしら? 何か嫌いなものはある?」
「いえ、特には。あの、ハスウィルさん、今日からよろしくお願いします」
夢とはいえ、礼儀はしっかりしなければ、と頭を下げた。
「あら良いのよ。私も寂しかったの。若い子が来てくれて嬉しいわ」
柔らかい笑みを見せるハスウィルに、祖母を重ね、暖かい気持ちになる。
そんなゆっくりな笑みとは反対に、意外と素早い身体。座ったテーブルに次々とご飯が置かれる。
お粥、角煮、お浸し、スープ、水餃子、その他諸々。
どれも美味しそうで、さすがお弁当屋さんと感心する。
「お、美味しい!」
私の言葉に気を良くしたハスウィルはさらに冷蔵庫から持ってくる。
これ、終わらないんじゃないか、というくらい私一人にテーブルいっぱいのご飯。
だが、どれもが美味しくて、手が止まらない。まあ夢だし、太らないだろう。
「うふふ、たくさん食べてね」
ああ、そうだ、と若いときに着ていた、という服も持ってくる。これが良い、あれが良い、と、テーブルだけじゃなく、この部屋いっぱいに物が溢れてしまった。
そしてご飯も服も落ち着いた頃、私の着ていた服を見て「変わっているわね?」と不思議そうにスーツを眺めていた。
言うべきか悩んだが、どうせ夢だ、と止めた。
「それは……ちょっと、変わったところにいたから……それより、この国は大きいですね! 門も大きかった」
「そうでしょう? 凄いのよ。他の国でも噂って聞いたわ。ぜーんぶ、エル王子のお陰なのよ」
「エル王子? もしかして、あの、金髪の……」
「あら! もう出会ったの?」
ぱぁっ! と笑顔が咲く。
ハスウィルは凄く嬉しそうに「ウミ、やっぱり貴女は神のお導きなのね! エル王子を拝見できるなんて、滅多に無いことなのよ」と羨望の眼差しを向けられる。
「そうなの? あ、でも、ちょうどさっきお帰りになられたみたいで……門のところで会いました」
「そうだったのね、それでも運が良いわあ。エル王子を拝見した娘を雇えるなんて……夢みたいよ!」
「……エル王子は、街には滅多に来ないんですか?」
私の言葉に、ハスウィルは悲しそうに眉を下げる。
「そうねぇ。エル王子は……なんというか、淡白な御方なのよ。街には来ないわ。でも、この国を支えていらっしゃるのはエル王子だけなの。だから、それだけで十分なのよ、私達には」
少し誇らしげにハスウィルは話すが「最後に見たのは何十年も前ね」と寂しそうに言う。
「そんなに前……あ、今日も元気でしたよ」
私が少しでも、と今日見たことを伝えれば、ハスウィルはきょとん、とし「そうよね?」と答えた。
ん? 引っ掛かりを覚えるが、ハスウィルは何事もなかったかのように、地図を取り出して見せた。
「そうそう、お手伝いなんだけど……ゆっくりで良いから、明日は宅配をしてほしいの。いつもはね、向かいのアリナヤに頼むんだけど……明日からはお城で働くことになってて。ちょうど良かったわ! お弁当、お持ち帰りだけになるところだったわ」
そう言うとハスウィルは「実はね、ここでも意外と売れるのよ」と意地悪そうに笑う。儲けているのだろうか。
ふふ、と私も一緒に笑うが、ふと重大なことに気がついた。
「あ、私、お金の計算とか、そういうの、出来るかな……」
そう、たぶん日本円じゃない。
ここのシステムはわからないが、迷惑をかけるわけにはいかない。
というか、そんなに細かい設定まであるかな? 所詮は夢だし。
「あら、大丈夫よ。お金は前払いなの。月始めに貰っているわ」
「あ、そうなんだ」
お店でお弁当。私の常識とは同じでも、取引の方法が違うらしい。ここにはここの、ルールがあるのだろうか。
ここにきて、何か妙にリアルだな、と思う。わたしの頭の中、なんだよね。それにしてはしっかりとした夢をみるものだ。
だって、匂いも味もするんだから。
迎え入れられたところから一歩も動かず、しゃがんでいると、初めは不審な目を向けていた街人達も、次第に私の周りからいなくなっていった。
長年──二十四になるまでずっと知らずに王子様を、お姫様を夢見てきたのだから。
それが夢の中とはいえ、無惨に散った。夢の中でさえお姫様になれず、こんな現実をつきつけられるなんて。
夢だけど、この感情は現実のようで、とても受け入れたくない。いっそこのまま。
「……ずっと眠っていたい」
「ったく、あんたさ、行くとこ無いなら、ハスウィルばあさんのとこに行けよ」
「……門番さん」
いつからそこにいたのか、私が見上げると、ガジガジと汗に濡れた髪を豪快に撫で付けた。
そういえば、あの重そうな甲冑を脱いだらしい彼は、黒く短めの髪が綺麗で、ワイルドらしい身体つきと、それに似合う男前な顔つきをしていた。
なんだ、門番さんもイケメンなのか、この国は。
「俺も交代の時間だし、面倒だけど、連れていってやるよ。ハスウィルばあさんなら、手伝い探してたし、住むとこも貸してくれるだろう」
「……どうして」
「なんか分からねえけど、落ち込んでんだろ? 見たことない服だけどよ、遠くから来た訳ありだろ。どうせ家出か何かなら、長居していけよ。良い国だぜ、ここは」
「……門番さんっ!」
やだ、傷ついているときにそんな優しくされたら、好きになっちゃいそう。
それでなくとも、自分の夢に将来の夢をぶち壊されたばかりなのに。
「……俺はリカルド。お前は?」
「海! 三浦海」
「ウミ? 変わった名前だな」
行くぞ、と歩き出す。
私もその後を追う。太陽はいつの間にか傾き、夜が訪れていた。
門番さん──いや、リカルドは、案外、世話焼きな性格なのかもしれない。
思えばヤンキーが子猫を拾うような、そんな優しさがある人に見えなくもない。
歩くこと数分。
住宅街を抜け、噴水のある広場に出たところを通って、さらに奥へ。
「……ここ?」
目の前には、黄色い屋根の……こういってはアレだが、年数は結構いってそう。
所謂、ボロい一軒家。サツキとメイの家みたいだ。
「ああ。ここは弁当屋を営んでいてな。飯はハスウィルが作ってるんだが、宅配の手伝いがいねえって嘆いててな。この街のことも知れるし、一石二鳥だろう」
「え、ありがとう」
そんなことまで考えてくれていたのか? はたまた偶然か。本当にリカルドが良い人なのは確かなようで、素直にお礼も出た。
「おーい、まだ起きているかハスウィル! コログス!」
ゴンゴン、と若干、乱暴にドアを叩くリカルド。ドアが壊れそうで心配になる。
「なんだい、こんな乱暴に……リカルドだろう? 弁当のおかずのことなら…………あら?」
少し扉を開けた髪を団子に結っている年配の女性は、リカルドを見るなり嬉しそうで、そして私に気がついてきょとん、とした。
「おう、ハスウィル。弁当のおかずは肉が良いと思うのはいつものことだが、今日は違えよ。こいつ。ここで雇ってやってくれ。この若さで浮浪者なんだ、可哀想だろ?」
「な! ふ、浮浪者なんかじゃ」
いや、まてよ。完全に否定はできないな。
困惑する私に、ハスウィルの嬉しそうな声が重なる。
「あらあらあら! 良いの? うちで働いてくれるの?」
そんなに喜んでくれるとは。
「なあ、こいつに服もやってくれ。どこからか家出してきたらしい。ここしか無いんだと。名前はウミ。このばあさんがハスウィルだ」
「まあ! ウミ、良い名前。大変だったでしょう……でも、若い内はよくあることだわ! さあさあ、おいでなさい」
本当に可哀想な目を向け、けれど嬉しそうに招き入れてくれた。
「お節介だが、いい人だ。じゃあな」
リカルドはこっそりと私に耳打ちし、背を向けた。
「あ、あの、本当にありがとう、リカルド」
返事をする代わりに、手を上げて行った。
あんたもいい人だよ、リカルド。たぶんモテるだろうな、と考える。
招かれて、室内へと入る。
照明が明るくて、思わず目を細めた。
室内も古いが、全体的に明るい色が多く、こういう暖かい匂いのする家も良いかもな、という気分にさせられる。
そんな私に気づきもせず、ハスウィルは私を案内する。
「さあ、まずはご飯かしら? 何か嫌いなものはある?」
「いえ、特には。あの、ハスウィルさん、今日からよろしくお願いします」
夢とはいえ、礼儀はしっかりしなければ、と頭を下げた。
「あら良いのよ。私も寂しかったの。若い子が来てくれて嬉しいわ」
柔らかい笑みを見せるハスウィルに、祖母を重ね、暖かい気持ちになる。
そんなゆっくりな笑みとは反対に、意外と素早い身体。座ったテーブルに次々とご飯が置かれる。
お粥、角煮、お浸し、スープ、水餃子、その他諸々。
どれも美味しそうで、さすがお弁当屋さんと感心する。
「お、美味しい!」
私の言葉に気を良くしたハスウィルはさらに冷蔵庫から持ってくる。
これ、終わらないんじゃないか、というくらい私一人にテーブルいっぱいのご飯。
だが、どれもが美味しくて、手が止まらない。まあ夢だし、太らないだろう。
「うふふ、たくさん食べてね」
ああ、そうだ、と若いときに着ていた、という服も持ってくる。これが良い、あれが良い、と、テーブルだけじゃなく、この部屋いっぱいに物が溢れてしまった。
そしてご飯も服も落ち着いた頃、私の着ていた服を見て「変わっているわね?」と不思議そうにスーツを眺めていた。
言うべきか悩んだが、どうせ夢だ、と止めた。
「それは……ちょっと、変わったところにいたから……それより、この国は大きいですね! 門も大きかった」
「そうでしょう? 凄いのよ。他の国でも噂って聞いたわ。ぜーんぶ、エル王子のお陰なのよ」
「エル王子? もしかして、あの、金髪の……」
「あら! もう出会ったの?」
ぱぁっ! と笑顔が咲く。
ハスウィルは凄く嬉しそうに「ウミ、やっぱり貴女は神のお導きなのね! エル王子を拝見できるなんて、滅多に無いことなのよ」と羨望の眼差しを向けられる。
「そうなの? あ、でも、ちょうどさっきお帰りになられたみたいで……門のところで会いました」
「そうだったのね、それでも運が良いわあ。エル王子を拝見した娘を雇えるなんて……夢みたいよ!」
「……エル王子は、街には滅多に来ないんですか?」
私の言葉に、ハスウィルは悲しそうに眉を下げる。
「そうねぇ。エル王子は……なんというか、淡白な御方なのよ。街には来ないわ。でも、この国を支えていらっしゃるのはエル王子だけなの。だから、それだけで十分なのよ、私達には」
少し誇らしげにハスウィルは話すが「最後に見たのは何十年も前ね」と寂しそうに言う。
「そんなに前……あ、今日も元気でしたよ」
私が少しでも、と今日見たことを伝えれば、ハスウィルはきょとん、とし「そうよね?」と答えた。
ん? 引っ掛かりを覚えるが、ハスウィルは何事もなかったかのように、地図を取り出して見せた。
「そうそう、お手伝いなんだけど……ゆっくりで良いから、明日は宅配をしてほしいの。いつもはね、向かいのアリナヤに頼むんだけど……明日からはお城で働くことになってて。ちょうど良かったわ! お弁当、お持ち帰りだけになるところだったわ」
そう言うとハスウィルは「実はね、ここでも意外と売れるのよ」と意地悪そうに笑う。儲けているのだろうか。
ふふ、と私も一緒に笑うが、ふと重大なことに気がついた。
「あ、私、お金の計算とか、そういうの、出来るかな……」
そう、たぶん日本円じゃない。
ここのシステムはわからないが、迷惑をかけるわけにはいかない。
というか、そんなに細かい設定まであるかな? 所詮は夢だし。
「あら、大丈夫よ。お金は前払いなの。月始めに貰っているわ」
「あ、そうなんだ」
お店でお弁当。私の常識とは同じでも、取引の方法が違うらしい。ここにはここの、ルールがあるのだろうか。
ここにきて、何か妙にリアルだな、と思う。わたしの頭の中、なんだよね。それにしてはしっかりとした夢をみるものだ。
だって、匂いも味もするんだから。