不老不死の王子と夢みるOL
 貸してもらった部屋で、意外とぐっすり寝てしまった私は、急いで飛び起きた。


「ご、ごめん! お弁当は」



「大丈夫よ。まだ時間はあるわ」



 部屋に漂う、美味しい香り。私は昨日の出来事で知っている。これは美味しい、お腹が空く匂い。

 ハスウィルはまだ作っているみたいで、私はそれを覗く。



「私も手伝うよ、こう見えて家事は一応出来るから」



 一人暮らしの賜物か。幸い、簡単な物は出来る。と、思ったのだが。



「え! ちょ、ハスウィル! 何をしているの?」



 汁物、汁物、汁物だ。

 私は目が点になる。

 弁当に汁物を入れる人もいるが、多すぎる。というか、汁物しかない。お粥は無いだろう。病人か?



「どうしたの? お弁当のおかずよ。リカルドがお肉って言っていたでしょう、だから、キーマカレーを……」



「いやいや、ハンバーグとかあるじゃん。挽き肉ならさ。弁当のちょっとしたおかずにキーマカレーはないよ……それで、普通のご飯じゃなくてお粥でしょ? え、何で??」



「え? どういう意味?」



 ハスウィルは全くわかりません、というように、首を傾げた。目をパチクリさせ、至極、不思議そうに私を見る。



 え? 私がおかしいの? え?





 …………そういえば、昨夜も汁物や煮物ばっかりだったような。水分多くない? というか、昨日もお粥だった。



「え、あれ? 普通のご飯ってないの?」



「あるわよ、ほら」



 ハスウィルが手にしたのはお粥だ。紛れもなく、お粥。



「あの……それ、お粥」



「そうよ、お粥。普通のご飯よ」



「……お粥、主食?」



 私が静かに首を傾げると、ハスウィルは盛大に笑った。



「そうよ! 当たり前じゃない!」



 何を言っているの、と笑う。それはそれは当たり前のように。

 私の常識は、ここの常識じゃない? 玄米から白米に精米はしているみたいなのに……何故、こんなにも水を使う?
 お金に困ってかさ増し……はないよな。昨日も儲かるって言っていたし。

 煮物にお粥、そしてスープの類い。魚もまさか煮魚オンリー?



 嘘だろ、とドン引きする。

 こんなの夢でも勘弁だよ。普通に焼き物も蒸し物も食べたい!
 ここまで過ごしてきた夢で、初めて嫌だと思ったよ。突然の悪夢か?



「あの、私の国とは違ってたから驚いたの。今度さ、私の国のご飯作っても良い?」



「そうなのかい! もちろんだよ、楽しみだわ~」



 ハスウィルが目を輝かせて喜ぶ。

 ごめん、単純に私が食べたいだけなんだけどね。

 だって堪えられないよ。二、三日とかならまだ良いけど、毎日でしょ? どんな国よ!


 だが逆に安堵した私もいる。やっぱりこの不完全さは夢なのだと。









 しばらくして、地図と数十個の弁当を手に、私は外に出た。

 方向音痴な上に、スマホは使い物にならない。正直、不安しかないが、居候の身で、それもあれだけ期待してくれているのだ。是が非でも、頑張らねば!



 そして、外に出て気づく。

 昨夜は気づかなかったこの街の綺麗さ。

 何が綺麗か、それは建物の煉瓦の配置、配色、積み上げられた木目のチョイス。

 なんて綺麗なのか。カラフルなのに、幼くない。明るい色が多いのに、どこか穏やかな静かさがある。これらが街全てを包んでいるのだろう。凄く可愛い。この街の職人は天才ね。


 昨日の私なら確実にプリンセス気分。




 遊んでばかりもいられないので、うーん、うーん、と唸りながら、地図と格闘すること数分。



 辿り着いたのは、たぶん、この国のどこからでも見上げることが出来る巨大な城。

 アリスの国で例えると、紛れもないハートの城。



「ハスウィルも言ってくれれば良いのに……」



 あんなに黄色い家からでも見えた城が、届け先だったとは。

 手書きの地図じゃ大きさがわからなかったし、確実に地図見るより建物を見て歩いた方が確かだよ……と、言いたいが、そうでもないらしい。



 街中が迷路のようだったからだ。
 地図を見ているはずなのに、行き止まりに何度踏み込んだか。



「やっぱり地図は必要なのね」



 これまた大きい鉄の門を潜った。

 門から城までのながーい、一本道を進むこと数分。やっと建物の入口に辿り着く。

 全く、ハスウィルのように年老いた人にこの距離だけでも優しくないわ、と思いながら、見上げると、そこには昨夜を思わせる甲冑に身を包んだ二人が私を見下ろしていた。



「何の用だ」



 門番……なのだろう、城の。

 リカルドは国のだったけれど、ここは城の。だが、あの甲冑は正式な衣装らしく、ここにいる二人もキッチリ着込んでいる。



「あ、お弁当を、届けに来たのですけれど」



「弁当?」



 怪訝そうにしかめると、もう一人と耳打ちをするように話す。



「こんな若い女がいる弁当頼んだのか?」


「いや、ボクはいつものところとしか……」


「じゃあ、誰だ、この芋女は」



 さあ? とお手上げポーズ。



 おい、聞こえているからな。この野郎。誰が芋だ。誰が田舎臭いのよ。ていうか、それの何処が悪いのよ。明らかに悪口じゃない!



「えっと、このお弁当なのだけれど、ご存知?」


 咳払いをわざとらしくして、お弁当をチラッと見せてやる。



「あ、これハスウィルのところの」


「あ、俺が頼んでたやつ!」


 二人が息を合わせたみたいに声を重ねた。

 ていうか芋女とか言った奴が頼んでたんかい! 失礼しちゃう! 主食が汁物ばっかりのくせに! へんてこの世界のくせに!



「なんだ、ハスウィルのところの新しいお手伝いか。入って入って。皆待ってたんだ、今日は遅いなって」



 若干、柔らかそうな雰囲気の方が笑顔で迎え入れるのに対し。



「道に迷ったんだろう、新入り。明日はもっと早く来いよ。ただ運ぶってだけで迷ってどうするんだ。使えないやつだな」



 芋女と言ってきた目付きも口も悪い方が、続く。

 道を開け、迎え入れるのは変わらないが、ムカつく。



「この街、迷路みたいだから」



 と苦笑いして見れば「そんなの、当たり前だろう」と返される。

 あんたらの当たり前なんか、全く知らなかったわ、と心で返事をする。





 それにしても。ふと思う。


 この国はちょっとセキュリティがガバガバな気がする。本当に守る気があるのか? 弁当見せただけですんなり迎え入れるなんて。



 城の中に入ると大きな広場が吹き抜けであり、そこには、なにやら忙しそうに行き交う貴族に、資料の束を運ぶ従者、そして甲冑に身を包んだ者が辺りでその者達に目を光らせている、という奇妙なところだった。
 綺麗な大理石ね。


「あの、お弁当はどこに?」



 そういえば指示がなかったな、と振り返り、柔らかな雰囲気の方に聞いたつもりがキツい方が答える。



「お前、そんなことも知らないのか。突き当たりの階段を上がって左。そこに黄色いテーブルがある。ハスウィルのところの家と同じ色だ。そこへ置け」



 なるほど。家と同じ色のテーブルに置く、と。

 そういう分け方もあるのね。



「ありがとう」



 私がしっかりお礼を言うと、何事もなかったように業務に戻ってしまった。

 全くもって無愛想。





 言われた通りに行ったが、二階に上がってから少し距離があり、人気もない廊下に置かれた黄色いテーブル。
 他にも赤いテーブルもあるので、これもお弁当屋さんかな、と首をかしげる。


 誰もいないけれど、ここで良いのよね?

 言われた通りに手早く並べる。が、本当に誰もいない。防音が入っている城なのか、声も、聞こえなくなっていた。





 やはり思う。セキュリティがガバガバ。

 城に一度入ってしまえば、どこに行くのも自由過ぎる。大切な王子が狙われてしまっても良いのかしら。



「その色は……ハスウィルのところに行ったのか」



 突然、聞こえた声に、振り向けは、昨日見たばかりの眩い金髪。



 意外と近くにいたことに驚き、それよりも、その顔面偏差値の高さによろめく。

 吸い込まれそうな美しい輝きを放つスカイブルーの瞳。幅の綺麗な二重。意外にも凛々しい形の良い眉。



「え、エル王子!?」



 い、一体いつからそこに!?
 ひぃ! う、美しい! また両手で顔を覆いそうになって、なんとか堪える。失礼だもんね。いや、でも、直視は出来ないな、と視線をすぐに外した。



「どうした、まだ気分が優れないのか?」



「あ、いえ、そ、そういう訳では……え、な、なぜ王子がここに?」



 視線を通わせないまま、正確には、挙動不審にならぬよう、王子の綺麗にあしらわれた高そうな服に視線を這わす。



「ここは城。僕はここに住んでいる……そういえば、弁当は食べたことがない」



 チラッと見上げた。その綺麗な瞳は、ハスウィルが作った弁当へ。

 横顔も絵になる……うっとりとしてしまい、慌てて逸らす。



「そ、そうなのですね」


 すると王子は何か考えるように腕を組み、改めて私に向き合う。



「……僕も食べてみよう。これからハスウィルのところに帰るのだろう?」



「え、はい、その予定ですが……」



 え、まさか。



「僕も行く。道は……これから覚えるのだろう、邪魔はしない」



「え、え? あ、えっと」



 一緒に行く、と? は? え、いやいや、無理。一刻も早く離れたいのに、なぜ一緒に帰ることに?

 いやいや、王子が私みたいな怪しい奴と歩いちゃ駄目でしょう! それに、ハスウィルが言ってたし、何年も見てないって。そんな王子が突然、街に降りたら騒ぎになるし、私が側にいたら間違いなく災いの前触れだと思われるよ!

 断ろう。うん、それがいい。



「……迷惑か?」





 どこか寂しそうな声に、ぐっと罪悪感が沸き上がる。その結果。



「いえ! そんなことありません! 帰りましょう!」



 気がついたら、そう高らかに返していた。もちろん、顔を出来るだけ見ずに。



「そうか、良かった。では、行こう」



 王子はサッと私が来た道──私の背後に向かって歩いていく。通りすぎた瞬間、なにやら良い匂いが鼻を掠めたが、気づかないふりをする。

 無心。無心で行くのよ。私に煩悩はない。仏のように穏やかで無心で歩くの。それだけよ。





 だから、意識しないようにするだけで精一杯だった。

 王子が歩幅を合わせてくれている、だとか、私をチラ見し、気遣ってくれている、といった事実は、考えないことに勤めた。



「君、名前はなんと?」



「あ、し、失礼しました、海です。三浦海」



「……ウミ」



 しばし考えているような様子の王子だったが、足を止めるつもりはないらしく、ゆったりと、優雅な動作で進む。



 一方、私はその綺麗な口から、声から自分の名前が聞こえてきただけで、なんというか乙女ゲームでヒロインがたまたま私と同じ名前であったが為、推しに呼ばれる、という、なんとも感動するような、恥ずかしいような、そんな気分だ。



「君は、この国の者ではなかったな……珍しい目をしている」

 目が珍しい? 初めて言われた。この世界はどんな目なのだろうか。
 私は無意識に王子を見上げた。

 もちろん、私の目が特殊という自覚はなく、普通に日本人なら黒いかあっても焦げ茶色だろう、という感覚しかなかったから、気になった。



 ばちり、と瞳が交わる。王子が足を止め、私もつられて止める。

 いや、王子の方が珍しいだろう。これだけ綺麗で美しい、濁りのないスカイブルーは初めて見たのだから。

 すう、とスカイブルーの瞳が細められる。



「ああ、その瞳だ。黒く、だが、瞳孔とは違う色」



 するっと油断していたつもりもなにもないが、王子が私の頬に手を当て、じっくりと、その美しい瞳を近づけ、見つめてきた。



 思いの外、しっかりとしていて、骨が当たるような、あ、こんなに綺麗でも男性なんだ、と思う手の感触が頬を通して伝わってきて。



 ──瞬時に血が駆け巡る。理想の王子様だが、私とはどうあがいても釣り合わない人。

 そんな人が素手で私に触れている。



「ひっ!」



 私のパニクった一言に、王子がびくり、と肩を跳ねらせた。

 呆気に取られている王子から二、三歩後退し、無理やり笑う。



「は、ハスウィル、待っているので」



「……あ、ああ。そうだったな」



 王子は頷き、不思議そうに首を捻ったあと、再び歩き出した。





 ここ、まだ城の中である。前途多難。 
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