エリート副社長とのお見合い事情~御曹司はかりそめ婚約者を甘く奪う~
ぐいぐいこられ一歩後ずさる。
こんな展開は予想していなかっただけにどうしようと焦っていたとき、後ろから誰かの腕が私の首周りに巻き付く。
その腕に引かれ二歩ほど後ろによろけたところで隣を見上げると、氷室さんの顔がすぐ近くにあった。
後ろから片手で私を抱き寄せている体勢の氷室さんの視線は、まっすぐに村田くんに向いていた。
「うちの鈴奈になにか用か? あまりしつこくされても困るんだけど」
氷室さんがいつから見ていたのかはわからないけれど、直前、村田くんはご飯に行こうと携帯片手に誘っていた。
それが傍からみたらナンパに見えたのかもしれない……と思い、氷室さんに説明しようとしたものの、氷室さんが言葉を続ける方が先だった。
「〝村田くん〟だっけ。高校の頃は鈴と仲良くしてくれたみたいで、どうも。でももうお互い社会人で別の会社なわけだし、仲良くしてくれなくていいよ」
どうして村田くんの名前を知っているのかがわからず、ただ驚いている私の視線の先で、氷室さんが、携帯を持っている村田くんの手を上から押し下げる。
「意味、わかるよな?」
それまでよりやや低い声で、ゆっくりと言った氷室さんに息を呑む。
氷室さんはずっと笑みを浮かべてはいるし声を荒げたわけでもないのに、なぜか雰囲気だけがとても怖くて不気味だった。
村田くんも私と同じ感想を持ったようで、黙り込んでいる。
そんな状況にハッとして、慌てて口を開く。