記憶奏失
 美那子がひかりのことをレッスンに通わせ始めてから数日。
 ひかりの気持ちとしては、本当は母に教えて欲しかったところだったが、当の本人がそれを拒んだ。
 理由は簡単だ。教えるのに向いていないタイプだから。
 いわゆる、秀才ではない天才タイプというやつで、言葉や行動で、言って、見せて教えることが、どうも苦手らしいのである。
 基礎からしっかりと固めて、私とは違うキャリアを歩んで欲しい。別にプロなんかにはならなくとも、それはきっと未来の財産になるから——そんな思いから、美那子はひかりの気持ちには答えられなかった。

 はじめの内は、それはそれはつまらない時間ばかりだった。
 ピアノには触らず、まずは基礎の基礎、楽譜の読み書きから練習だ。
 これがこうで、あれはこう。業務的に。

 そんな中で。
 それは、突然にやってきた。
< 4 / 14 >

この作品をシェア

pagetop