【完】#ただいま溺愛拡散中ー あなたのお嫁さん希望!ー

向日葵は奥さんの名前。夏村さんが言っていた。
ちらりとチェストの上に飾ってある写真立てを見つめ、切なくなる。
その横には数本の向日葵の花が花瓶に生けられていた。 それはまだ愛されている証拠だ。

「あの、奥さんは……」

「ああ、陽向が5歳の時だ。
あの頃から俺は会社が忙しくって、家庭を余り省みずに過ごしてきた。
向日葵はそんな俺を一切責める事もせずにいつも穏やかで優しい笑顔で見守ってくれた。
…だから、俺は気が付かなかった。向日葵が病気になっていた事も。

すい臓がんだった。発覚して余命宣告をされて1年も持たなかった。あっという間だったよ。
向日葵が死んだ後、どうしてもっとしてあげられた事が沢山あったとどれだけ悔やんだか分からない。」

ごくごくとビールを呑み込む樹くんはいつもよりお喋りだった。 けれどその切ない視線は写真立ての中の奥さんに向けられていた。

「仕事にかこつけて陽向には父親らしい事はしてやれなかった。
向日葵が死んだ事を幼い陽向は直ぐに理解して、手が付けられん位泣き喚いた。
でもちょっとして今度はぱったりと泣かなくなった。大丈夫だよ。というのがいつしか口癖になって、周りの年齢の子より大人びた子になっていった…。
俺にはどうする事も出来なかった…」

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