ダチュラの咲く夜に
彼女とは、その日から時々話すようになった。
下駄箱で偶然会った時や提出物の回収時等、ほんのたまに、のつもりだったがクラスメイトから「お前いつから五十嵐と仲良くなったの。」と言われる事もあった。

ほんのたまにと感じたのは、より多くの回数を望む願望もあったのかもしれないが、それでも週に一度あるかないかだったから、
それだけ僕と彼女は相容れない関係だと周囲が感じていたという事だろう。
まぁ否めない。

「うるさい女子」はいつの間にか「たまに話す女子」へと昇級し、彼女の話題には自然と耳が傾くようになった。

自分が妊娠すると街を歩く妊婦をよく見かけるようになったり、眼鏡をかけ始めてから意外と日本人の眼鏡着用の多さに気付いたり。

意識をしていない時は全く気にならなかったものが、自分が該当者になった瞬間、関心のあるものに変わった瞬間に、大小問わず情報の波となって押し寄せてくる現象があると言う。
まさにその現象がしっくりきた。

どうも生徒手帳事件以来、彼女の話題を耳にする事が多くなり、ここ最近僕の海馬に新しくアップデートされた情報には、
同じ部活に所属している後輩を体育館裏に呼んでシメた、というものがある。

どこまでが本体でどこからが尾ひれなのかはわからないが、煙が立ったのなら少なからず火のある所に足は踏み入れてるのだろう。
噂話の真偽を確かめるほど仲良くはない。

少し前までは聞き流していたであろう情報が一つ一つ溜まっていき、これではまるで情報収集をしている調査員ではないか、と急に可笑しくなった。

それにしても、自分にとって有益な情報以外は遮断するという習性を人間に与えた神様はなんと効率の良い事か。

彼女が昇級してから気付いたことがある。
肩につかない程に綺麗に切り揃えられた黒髪の内側はこっそり暗いブラウン色に染めていること。
嘘をつく時は一瞬だけ下を見ること。
絶対に人の悪口は言わないこと。
実は薄く化粧をしていること。
またスッピンかどうかを見分けることが出来るのは所属する吹奏楽部の副顧問だけなのだとも教えてくれた。

見た目はやはり派手だし、見るからにスクールカーストの最上階層と感じるが、階級が違えども楽しく会話が成り立つ事もあるという発見は、15歳の少年にはやや遅い学びだった。

彼女のボキャブラリーは多かったし言葉選びが面白かった。
中学生が知らないような難しい単語も沢山知っていて、でも知識をひけらかす様な話し方はしない。
彼女の使う言葉にはその単語こそが表現するのに最適だという確信をこちらに感じさせる不思議な力があり、ユーモアとは何かという問いに対する模範解答のような子だった。
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