誰の特別にもなれない
「ああ、今日も今日とてガッツリだわ」
地学教室から狙いを定めた双眼鏡。暗幕の影に隠れて思いっきりズームしたら空間を挟んだ真向かいの理科室でガッツリちゅーする男と女がちゃんといた。
「べったりすか」
「べったりですねえ」
「舌入れちゃってますか」
「入れちゃってますねえ」
あれから。
常陸にカミングアウトを受けてから、私は半信半疑で彼氏の颯くんの素行を辿ることにした。
そんな兆候は一切なく、颯くんは恐ろしいほどいつだって私に優しかった。カッコいいのにそれを驕る様子もない、勉強も出来て運動も出来てクラスでも人気があるのに委員会で一緒になったのを機に私を相手にしてくれた。
それが心の底から嬉しくて。灰色で終わる予定だった高校生活が一気に薔薇色になったって、有頂天になったたったの1ヶ月。そのあとにそんなことがあって、
いざ蓋を開ければ知らない子とばっちりちゅーを決めていた。
その日はすごい泣いたと思う。泣いて泣いて泣いてめっちゃ泣いて、もう目も真っ赤にして泣き腫らした私を見下ろして常陸は哀れな目で呟いた。
「あれ俺の彼女なんよ」
って、きっと常陸もこんな風に傷ついて裏切られたことに憤りを感じていたんだねって、私に殴りかかるのかと思ったのにそんなことはしなかった。さすがに男が女を殴るなんてことはないようで、代わりに「見張ろうぜ」って言った。ちょっと理解に苦しんだけど、私と常陸はその瞬間から〝浮気された被害者同盟〟を組んだのだ。
「———ったーく毎日毎日おんなじとこで飽きねーの」
昼休み、決まった時間、同じ場所。
それは二人の暗黙の了解で、颯くんは私が昼休み友だちとお昼を食べるからそれを優先して身を引いてくれていて、常陸の彼女の瑠璃さんは昼休みは自由にしたい派で、放課後を私たちに受け渡す代償に昼休みを共有することにしたらしい。
あ、瑠璃さんってのは私たちが二年生で常陸の彼女が三年だから。今ではもう枯れに枯れた恋心、瘡蓋と化した傷だから言うけど年上に手を出すなんてそれも人の彼女になんて颯くんもなかなかやるもんだ。