誰の特別にもなれない
 

 人の浮気現場を目の当たりにしながらん、って隣から伸びてきた手からメロンパンを受け取って、それをもっさもっさと咀嚼する。
 メロンパン片手に牛乳なんて、まるで昭和の刑事の張り込みのそれだけど、これだけばっちり現場を抑えていてスマホで写真を撮っていても、私たちはそれを二人に突き出すことをしなかった。

 たぶんお互いがお互いの、彼氏を、彼女を信じていたからだと思う。



「あー! あーあーあーあー」
佐々山(ささやま)うるさい」

「だって! あー! あ———!」


 ちゅーしながら下にフレームアウトした、って泣きべそかいて振り向いたら窓に向かって膝立ちでいた私とは逆に背を向けて立っていた常陸は遠くを見てきな粉パンを食べていた。

 その目は笑っていなくって、あぁ、ってこんなとき私は自分の虚しい素行を呪うのだ。



 常陸。ねえ常陸くんよ。
 そんな目をするんなら、乗り込んで颯くんのことぶん殴ったらいいじゃんか。




 ◇


《———結果、女優大塚遥灯の旦那でお笑い芸人の磯村忠志がモデルの祐飛と度重なる密会・不倫をしていたと報じられ…》

「信じらんない、この節操なし!!」


 ただいま、とリビングの扉を開けたらおかえりぃ、と文字より物凄く力のこもった怒号で母からの返事があった。大女優の旦那でありお笑い芸人の磯村なんとかがモデルと不倫してホテルで何回も、とのテロップを見て生々しくてうえってなる。


「ったく、男はほんっと綺麗なもの手にしても不倫はやめられないもんかね! あの大女優よ!? それに対してモデルと密会してホテルで3ラウンドってなにごとよ!」

「ラウンドってなに?」

「プロレスプロレス」


 え、おれプロレス強いよー! って拳をあげる弟の祐太(ゆうた)(9)の教育に悪いからお母さんリビングで録画したワイドショー見て暴言吐くのやめようねって言うのに、この習慣は変わらない。
 父親を早くに亡くして女手一つで育ててくれた母は特に再婚の予定もないようで、そのくせこう言った芸能界のスキャンダルに野次を飛ばすのがお好きらしい。



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