誰の特別にもなれない
 

「そうだ史、今日の放課後あそこ行こ。新しく出来たクレープ屋。食べたいって言ってたろ」

「え? あ、うん」
「奢ってやるよ」
「お、めっずらしー。颯くんが奢ってくれるなんて」
「いやいつも俺財布出してんじゃん」
「そうだっけ」
「こいっつ」


 でし、と叩かれて、私の糸みたいな髪を指で梳く仕草。

 それがとてつもなく好きだったのに、今されてもどこかちくっ、ちくっ、って心の中に針が刺さって、それがなんだか裁縫セットの中にある針山みたいになっていて、その針山がもう既にハリネズミみたいになってることを、どうにかして知らしめたい。

 ねえ、好きなら私を選んで嘘を全部洗いざらい話してよ。それが出来ないってことはもう、颯くんの中に私はいなくて、その影は薄くって、別の誰かがおっきくなってるってことだよね。


 好きな人が出来たごめん。たったその一言を。
 今私の頬を撫でる笑顔が吐くとき、それはどんなふうに歪むのだろう。










 ◇


「おっっっそい」

「ごめす」
「もう始まってんだわ」
「映画みたいなノリで言われてもな」

 ここ、って地学教室の定位置を指差されて、常陸が浮気現場抑えのベスポジを示すから私もそそくさと配置につく。

 今日は昨日と少しずれた場所で二人は笑顔で話をしていて、瑠璃さんが笑って颯くんの肩に手を置くと、何度か小突き合うような仕草をしてからちゅ、って颯くんからキスをした。

 ちく、って痛んでいたのはもう昔。傷つくことも、慣れてしまえば麻痺になる。あ、颯くんからした、私キスなんてもうここ二週間くらいしてもらってないのになって思ったら、照れながら二人はまた笑ったりして喋ってた。


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