誰の特別にもなれない
「好きになっちゃったらしょうがないのかしらねえ」
ちょっと前まで芸能界のスキャンダルを前に節操なしだなんだと騒いでいた母が何を思ってかそんなことを言い出した。ドラマに感化されたらしい。お互い妻、夫のある身でありながら〝出会ってしまった〟のフレーズひとつで片付けて正当化する映像に違和感を覚える。
「押すなと言われたら押したくなる原理、みたいな?」
「わかる。非常ベルとかね、押すな! ってなってるけどめちゃくちゃ押したくなるよね」
「だからダメだって言われたら人はやりたくなっちゃうのよ」
「じゃあ不倫もおっけー! 一夫多妻制ウェルカム! みんな楽しい! ハッピー! てこれならやらなくなるわけ?」
「どうかわかんないけど男ばっか得すんのは腹立つわよね」
「だよねぇ」
ふと祐太に目がいって、でも普通にゲームに没頭してたからそこは可愛くて頭をよしよしした。あと10年経った時、この弟が変な女に誑かされたりして道を踏み外さないことだけを祈るよ、ねーちゃんは。
「史も、彼氏に浮気されないようにね」
「彼氏いないってー」
「えー、だってあんたいかにも浮気されそうな顔してるもん」
「どんな顔」
「浮気されてしょげてます。そしてあらぬことを考えてます私って顔してる」
なんつって、とソファでお煎餅にかぶり付くお母さんの目は鋭くて、馬鹿みたいな言葉が、でも実際のところ事実だった。ゲームクリアしてよっしゃあ! と拳を上げる祐太を見て、祐太ごめんって、思う。
姉ちゃん綺麗じゃ全然ない。人にばっか言うのにね。
◇
「どんだけ顔に出やすいんだよ」
「そんなこと言われても」
わかる、浮気されてる顔してる? って翌日地学教室で常陸に問いかけてみたら、うーん、って唸られた。
「幸薄そうな顔してる」
「おい」
「はあ眠い」
俺さっき体育だったんだよ、と少しグラウンドの土埃の匂いを髪につけた常陸がふとごろん、と私の膝に乗る。あまりに自然でさらに急で逃げることもできずえっ、と声を出したら「五分だけ」と甘えられた。五分、5分か。足痺れそう。
もう長いこと現場を捉えすぎたせいで私たちのスマホの写真フォルダには颯くんと瑠璃さんで溢れていて、それがどちらもバッチリピントのあったキスシーンだから最早これを裁判に出して慰謝料請求出来るレベルにまで到達していた。しないけど。
写真なんてもはやどうだってよくて、事実向かいの棟で逢引する二人を一瞥したらそれっきり、今日に関してはずっと常陸と話をしてる。
で、突然の膝枕。どうしようと思って遠くを見ていたら、私の髪をくい、と引っ張られる。