冬の花
「兄貴は本当に頭が良いんだよ。
勉強だけじゃなくて。
今、医者になってて。
きっと、もうあの村には戻らない。
上手く逃げ出したんだよ」

佑樹は自らワインボトルを手にして、グラスに並々注ぎ、
それを一気に飲み干した。

「俺の父親は、あんな小さな村で地主だなんだって偉そうに。
東京へ出たら、俺ら程度の金持ちなんて腐る程居て。
井の中の蛙ってか、お山の大将なんだよ。
代々やってるセメント会社も経営上手く行ってなくて。
最近、持ってる土地もけっこう手離してて。
ほら、村の外れにあるあの湖辺りの雑木林とかも、どっかの有名なゼネコンかデベロッパーに売ったとかで」

「あの湖…」

あの湖は、私達が父親の遺体を沈めた湖だろうか?

あの辺りに、湖や池や泉と呼べる物は、
あれしかない。

「なに?
もしかして、あの湖に父親棄てたわけ?」

佑樹は楽しそうにそう言うと、
ワインをぐびぐびと飲んでいる。

家族に対してなのか、その苛立ちを表すように、アルコールを飲んでいる。

「俺は、兄貴のスペアなんだよ。
親父は兄貴が優秀過ぎて、きっと自分の思い通りにならないって分かってたんだよ。
だから、俺を逆らえないように、幼い頃から洗脳したんだ。
ま、高3の時親父とはちょっとあって、半分勘当されたような形で、
地元じゃなく東京の大学行って。
で、こっちで就職したけど。
きっと、そのうちまたあの村に連れ戻されるんだろうな、俺。
兄貴の代わりに跡取りとして…。
なんでか、逆らえなくて…」

そう嘆く佑樹の言葉に、
初めてこの人がこんなにも苦しんで生きていたのだと知った。

昔から佑樹の事を知っていたけど、
この人の本当のところは何も私は知らなかったんだ。

佑樹は変わらずワインを飲み続け、
ボトルを空にした。

それにしても、睡眠薬はどれくらいで効くのだろうか?

それ以前に、このペースで飲んで、
薬よりも酔いで倒れるんじゃないだろうか?

ジッ、と佑樹を見ていると、
目が合い、佑樹は小さくわらった。

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