冬の花
「知ってたよ。
あかりちゃんから佑樹君が現れて、あの日の事を見られたって聞いた時、
そういう事か、と腑に落ちた。
彼が昔あの家に火を点けたのは、好きなあかりちゃんを守る為なんだって。
そして、佑樹君は、殺される事を分かってて、今日来るだろうな、って…」

自分に迫り来る、阿部さんの存在が怖くて、
私は視線を阿部さんから反らした。


「もし…阿部さんの言う通りで、
そうじゃなくても、阿部さんはそう思っているのならば、
佑樹の事、殺す必要があったのですか?」

もし、阿部さんの言う通りならば、
佑樹は私達にとって脅威ではない。

あの日見た事を、誰にも話さないだろう。

「人の気持ちは変わるから。
佑樹君がいつまでもあかりちゃんを好きだとは限らないだろ?
そうじゃなくても、可愛さ余って憎さ百倍で、あかりちゃんを徹底的にどん底に叩き落としたくなるかもしれない。
彼が絶対に誰にも言わないって保証はないから」


「そうですけど…」

「それに、そのうちあかりちゃんの体にも飽きてしまうかもしれない」

その言葉に、ドキッとして阿部さんの顔を見てしまう。

「お金持ちのお坊ちゃんの彼が、
わざわざお金を欲しがるとは思えない。
あの日の事で脅され、抱かれてたんでしょ?
抱かれてたってより、ヤられ…」

「辞めて下さい!」

私は阿部さんの言葉を遮るように、
そう大きな声を出した。

阿部さんは、私の言葉を待つように、
口を閉ざした。

「阿部さん、そんな人じゃなかったのに」

口に出して、この言葉は禁句のようなものだと思った。

「あかりちゃんは、一体俺の何を知ってるの?」

その問いに答える事なんか出来なくて、
首を横に振ってしまう。

「あの時、あかりちゃんも殺してしまえば良かったんだよね。
昔のあかりちゃん、いつも死にたそうな顔してたもんね。
それに、二回も俺が人を殺す所を見られてる。
あかりちゃんが一番俺にとって厄介な存在なんだよ」

阿部さんの手が伸びて、私の首に触れる。

本当に、このまま殺されてしまうのかもしれない。

「今、この場であかりちゃんまで殺したら、
色々面倒だろうな」

阿部さんの手が私から離れて行く。

「…人殺しじゃない。
阿部さんの何を知ってるって、
あなたが人殺しだって事。
今も昔も…」

そう言葉にした瞬間、自分の中で何かが壊れたように涙が溢れ出した。

私は顔を両手で覆い、その場に座り込み、泣いた。

< 121 / 170 >

この作品をシェア

pagetop