冬の花
「鳴海さん、腕の傷はどうですか?」

ジャケットを着ている彼の左腕を見る。

隠れているけど、今もその傷は残っているだろう。

鳴海千歳の腕を、銃弾が貫いた。

「1ヶ月以上経ったのに、今も痛むよ」

鳴海千歳は、ジャケットの上からその部分を押さえた。

「利き手だけど、俺はアスリートでもミュージシャンでもないから、
この先、困る事はないけど。
タイピングも文字をペンで書く事も、問題なく出来ている」

「巻き込んで、ごめんなさい…」

舞台挨拶の前日、
私が阿部さんに電話をしなければ…。

鳴海千歳の名前を出し、今彼の前で私が父親を殺したと話しているとか、言わなければ…。

「あの晩、朝まで君と居といて、
巻き込まれてしまったとは思わないけど」

鳴海千歳は、私に近付く事で自分に危険が及ぶ事を、ある程度は予想していたのだろうか?

「鳴海さん、全部分かってました?
あの刑事が、阿部さんがそうだって」

だから、あの時、私に阿部さんの話をしたのだろうか?

一人の刑事が、私の事を嗅ぎ回っていると、
私の反応を見る為に。

「流石に、それはないよ。
勘はいい方だけど」

そうやって笑っている顔を見ると、
知らなかったのだろうか?

「ただ、それで分かってしまったけど。
だって、あの刑事さんの名刺一瞬しか見てないのに、
君、スマホに何の迷いもなく彼の携帯番号押してたから」

そう言われ、そうか、と思った。

阿部さんの携帯番号は、自分の番号よりもハッキリと暗記している。

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