冬の花
「増田さん、ちょっと話があるのでお邪魔しますね」


阿部さんはそう言って、靴を脱ぎ玄関のたたきに上がる。


私は何も出来ず、その後ろ姿を見ていた。



玄関を上がり、襖を開けるとすぐに居間がある。


阿部さんがその襖を開けると、父親は先程と変わらず、寝転んでいた。


眠っていたみたいで、私達が居間に入り込んだ事で目が覚めたのか、
機嫌が悪そうにこちらを見上げて来た。


「…警察が何の用だ?
あかり補導でもされたのか。
それより、さっさと飯の用意しろ」


父親は阿部さんを一瞥すると体を起こし、
私に視線を向けた。


「増田さん、今日警報出てるのは知っているでしょ?
それなのに、あかりちゃんに買い物を頼むなんて。
そんなに必要な物なら、ご自身で買いに行かれたらいいのでは?」


阿部さんのその口調は、いつも私が見ていた阿部さんとは少し違う。


私がされる注意の時とは、声色もその表情も違う。


本当に、怒っているんだ。


「そう言えば、あかりビールは?」


父親にそう言われ、パトカーに袋ごと忘れて来た事に気付いた。


かと言って、今この場所を離れて取りに戻ろうとは思えない。


「まさか、お前買って来てないのか?!」


父親は顔に怒りを滲ませ立ち上がると、私の方へとずんずん歩いて来た。


「…買って来てる…。
すぐに持って来る…」


私がそう言っている途中で、父親は私の制服の胸倉を掴んだ。


「ちょっと、暴力は辞めて下さい!」


阿部さんが止めに入るように、父親を私から引き離そうと父親の腕を掴んだ。


父親は私から手を離したが、次の瞬間、阿部さんの事を拳で殴っていた。


大きな音が、居間に響いた。


阿部さんは背後の襖にぶつかり、腰が床に付いていた。


私はその一瞬の出来事に悲鳴も上げる事もなく、声も出ない程驚いていた。


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