冬の花
その後も、大学へと裕子さんのおかげで進学した。


転校してからの高校生活と同じように、
大学でもそれなりに友人にも恵まれた。


当たり前のようにスマホを持ち、
メッセージアプリも使いこなす毎日。


スマホを持っていないなんて、今じゃ考えられない。


あの日からの私は全てが順調なのだけど、
ただ、一度も彼氏を作る事は無かった。


同じ大学等で沢山出会いはあったし、その中で私と付き合いたいって言ってくれる男性も数人現れたけど、
私はどの男性も好きになれなかった。


とりあえず、で付き合ってみる気にもなれなくて。


あの日からずっと忘れられず、
私は今も阿部さんを思っている。


時々、この感情は偽りなんじゃないか、と思う事もある。


有名な吊り橋効果のように、
あの日のあの恐怖のドキドキを恋愛と勘違いしていたり。


誘拐されたとかではないが、
ストックホルム症候群のような、
犯人に対して好意を抱くように、
もしかしたら私も阿部さんに殺されるかもしれないと一度は考えたあの状況から、
好意を抱いてしまっているのかもしれない。


あの日から一度も阿部さんに会っていないのに、
なんで今もこんなにも彼が好きでたまらないのか、自分でも理解が出来ない。


あの日まで阿部さんに抱いていた淡い恋心は、
あの日を境に、違う大きな何かに変わった。


もっと深く、恋しくて苦しくて、執着するものに。


ただ、好きなだけじゃない。

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