【短】あの夏を忘れない
「いいえ。今日はあの子…真梨恵の失恋慰労会っていうのかな?だったんですよ」
「へぇ…彼女、振られちゃったんだ」
そう言いつつ、彼は私の方を見る。
それだけで、なんとなく落ち着かず私は、自分のグラスに入ったサワーを泡ごと飲み込んだ。
「可愛くて、優しい子なんです。今だって辛いだろうに…」
「あぁ…それなら…。拓海が上手く癒やすんじゃないかな。アイツそういうとこ長けてるから」
そう言われて、真梨恵の方を見ると、楽しげに何かを拓海さんに語り掛けているようで、なんとなくホッとする。
「そっか。じゃあ此処には初めて来たんだ?びっくりしたでしょう?此処の店のからくりじみてる所」
そう言ってくすくすと笑う彼。
確かに、普通の居酒屋にしては凝っていた。
二重扉になっていて、外見は普通のその辺にある居酒屋その物なのに、二枚目の大きな扉を開けるには、すぐ近くにある銅鑼を3回鳴らさなければならず…。
鳴らしたら鳴らしたで、天井近くにある小窓から海賊の人形が顔を出し、「合言葉は?」と怒鳴りつけてきた。
それに冷や冷やしていると、何度か(元カレと)来たことがあったらしい真梨恵から、
「ほら、お店の名前言わないと」
と急かされた…。