Sweet break Ⅳ
『顔、赤いぞ』
『誰のせいよ』
顔を背けようとすれば、右隣に立っていた関君の右手が、ふいに私の左頬を捉えてしまう。
ドキッ
心臓が大きく跳ね上がる。
並んでいたはずの関君が壁から身を起こし、左腕は壁に置いたまま、ゆっくりと身を近づける。
まだ真夏のこの時間、窓から入る微かな採光が、目の前の関君で遮られ、持ち上げられた頬は、もう下を向くことを許されない。
初めてのことに身が固まってしまうと、驚く程の糖度で名前を呼ばれる。
『…朱音』
その瞬間、教わったわけでもないのに、まるで魔法にかかったように身体の力が抜けてゆき、自然と瞼が閉じていく。
頬に触れる手の温かさを意識しながら、関君の前髪がふわりと額にかかると、鼓動はますます速さを増す。
微かな息遣い。
いよいよ、唇が触れそうになった瞬間…
『あれ、関君いないの?まだ退社してないよな?』
壁の向こうの執務室から、誰かが関君を探す声。
お互い(関君も閉じてたよね?)、閉じていた目を見開いた。
『…』
『…』
しばしの間、開いた目の前に、男性なのに長いまつ毛と、関君の歪んだ眉間。
執務室の方では、関君を探していた人物が、近くにいた社員に席に戻ったら自分のところに来るようにと、指示を出しているようだ。