揺れる想い〜その愛は、ホンモノですか?〜
達也の帰りが遅いのを知っていたかのように、掛かって来た誘いの電話。


断らなきゃという理性に反して、鈴はYESという答えをしていた。しまったと思ったが、もう遅かった。待ち合わせ場所を一方的に指定され、電話は切れた。鈴が「はい」「かしこまりました」しか答えなくていいようにする為の配慮なのは間違いなかった。


次に頭に浮かんだのは、夫に報告すべきかということだった。しかしこの結論は明らかだった。相手を偽らない限り、言えるはずがなかった。


(達也が帰って来る前に、戻ればいいんだ。)


こうして、退社した鈴は、人目を気にしながら、待ち合わせ場所に向かった。そこは鈴の会社からも高橋の会社からも離れていた。そこらへんの配慮はやはりされている。


待っていた高橋が乗って来た車は、誰もが知る高級外車だった。


「お待たせしました。」


「突然すまなかったね。さ、どうぞ。」


高橋の手で、開けられた助手席のドア。鈴は恐縮しながら、乗り込む。運転席に回った高橋が、スタートさせたその車の静かな乗り心地は、鈴が今まで経験したことないものだった。


やがて、車は勝手知ったるといった様子で、これまた見るからに、高級そうなレストランの駐車場に滑り込む。


出迎えたスタッフが


「高橋様、お待ち申し上げておりました。」


と最敬礼。そんな彼に軽く頷くように頭を下げると、高橋は


「どうぞ。」


と鈴に声を掛けると、中に入る。その声に鈴は慌てて、スタッフに頭を下げて、後に続く。


案内されたのは個室で、鈴の緊張は、否が応にも高まる。


「すまん。年末で、こんな所しか取れなかった。」


(こんな所・・・。)


鈴は思わず、高橋の顔を見る。鈴にすれば、この店は自分の意思では絶対に選ばない、いや選べない高級フランス料理店で、今まであまり意識してなかった高橋のハイスペックぶりに、戸惑いを覚える。


やがてメニューが渡され、目を落とした途端に、まぁある程度は覚悟していたが、その価格に目眩を覚える。


(どうしよう、こんな贅沢・・・と言って、ご馳走になんて、絶対なれないし。)


鈴が困惑しきってると


「任せてもらってもいいか?」


と高橋の声。何を注文したらいいのか、見当もつかないから、それはありがたいのだが、それにしても懐が・・・。


「じゃ、いつものコースで。」


いつものコースって、それいくらなの?内心悲鳴を上げてる鈴に


「飲み物は?」


と高橋。アルコールはどうするとの問いなのはわかったから


「いえ、結構です。」


と答える。こんな時にアルコールなんて絶対にダメ、そのくらいの判断は働く。


「かしこまりました。」


そう言って、メニューを下げ、ボーイは去って行く。


「あの、高橋さん・・・。」


彼が去ったあと、たまりかねて声を上げた鈴に


「大丈夫ですよ。僕がお誘いしたんだから、僕に任せて下さい。」


みなまで言うなと言わんばかりに、高橋は答える。


「で、でも・・・。」


ご馳走になるとなれば、それはそれで問題が・・・。しかしその鈴の心配も


「わかってます。この程度の食事で、あなたをどうこうしようなんて、大それたことは考えてませんから。」


御無用とばかりに、高橋は笑う。


(この程度・・・。)


その高橋の言葉は、かつて夫が初対面の時にくれた台詞を思い出させた。だがあの時、達也がご馳走してくれたのは、600円の焼そば。それに引き換え、今日の料理は・・・鈴は困惑の度を深めていた。
< 101 / 148 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop