揺れる想い〜その愛は、ホンモノですか?〜
三が日が明け、鈴の生活も日常に戻った。一見、特別な変化は感じられない日々が流れて行く。だが、それは彼女が周りにそう見せていただけだった。


高橋からは、仕事初めの日に電話が入ったが、それは、新年の挨拶と、新年第一回目ミーティング日程調整の為であり、特別な内容ではなかった。


しかし、受話器から流れる高橋の声に、鈴は平静に受け答えするのに、必死だった。


(私、なにやってるんだろう。)


受話器を置き、ホッとひと息つきながら、自嘲気味に思った鈴は


(仕事だ。)


と自分に言い聞かせると、デスクに向かった。


ミーティングが行われたのは、その週末。しかし、プロジェクトが一段落した今では、顔繋ぎの延長のような内容で、定例ミーティングは一旦休止しようという結論で、終了。


鈴はそのあとは会社に戻り、高橋との個人的な接触もないままで終わった。しかし、ミーティングの間、高橋をつい目で追ってしまう自分を抑えるのに必死だった。


兎にも角にも、これで鈴が高橋と「公に」接触する機会は当面なくなった。それは鈴が望んでいた事態のはずだった。高橋から離れなければいけない、自分の気持ちを恐れる鈴は、そう思って来た。


しかし、いざその状況が現実になった時、鈴の中には安堵より失望の方が強かった。高橋に会えない、声さえ聞くことが叶わなくなる。今の鈴には耐えられないことだった。


だが鈴には高橋に「公に」会うことが出来る立場になるチャンスがあった。高橋の誘いを受け入れ、高橋の会社に転職すればいい。高橋は鈴に自分のスタッフとして迎え入れたいと言ってくれた。それがどういうポジションなのかは、高橋ははっきりと説明してくれなかったが、彼に近い所で仕事が出来ることは間違いないだろう。


鈴は高橋をビジネスマンとして尊敬している。彼の下で働けるということは、それ自体が鈴にとっては十分魅力的なことだった。


しかし、鈴が高橋の誘いに心を動かされている動機が、それだけではないことは、他ならぬ鈴本人が、一番良くわかっていた。


夫と一緒に勤めている会社をわざわざ辞め、高橋の会社に移る。それがどういう意味を持つか、少なくとも夫や周囲の人間に、どう受け取られてしまうか、それも容易に想像出来ることだった。


前回、顔を合わせた時、高橋からその話は出なかった。しかし、いつまでも返事を引き延ばすことは出来ないし、何より相手に失礼になる。
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