揺れる想い〜その愛は、ホンモノですか?〜
翌朝、達也が目覚めた時、鈴の姿はもう家にはなかった。


あれから、鈴は夜遅くまで、何かをしていた。恐らくは必要な荷物をまとめていたのだろう。達也もしばらく寝付けずにいたのだが、いつの間にか眠りに落ちていた。横の妻のベッドは、使われた形跡はなかった。


ダイニングに入ると、朝食が用意され、その横には


『先に出ます、今夜からは実家に帰りますので、よろしくお願いします。  鈴』


とだけ書かれたメモが置かれていた。そのメモに目を通した達也は、少し迷ったが、妻の用意してくれた朝食に手を付けた。


(鈴の料理を口にするのも、これが最後になるかもしれない。)


そんな思いが胸をよぎる。正直辛かった。身支度を整え、家を出る。いつも横にいた妻はいない。もちろん、必ず一緒に出勤していたわけじゃない。仕事の都合や家庭の事情で・・・しかし今日一緒じゃない理由は、今までのそれとはまるで異なる。


様々な思いがこみ上げてくることは、どうしようもないことだった。


それでも通用口に入り、タイムカードを押せば、取り敢えず雑念は消える。大変なことは、もちろん多いが、仕事があるということは、やっぱりありがたいことなんだと達也は思った。


同じ建物の中に、妻がいることには変わりはない。普段は部署が違い、顔を合わすことなど、殆どなかったのに、こんな時に限って、昼食時に社員食堂で鉢合わせしてしまう。もともと、こういう時でも、特にコンタクトを取ったりはしてなかったが、今日はお互い、思わず視線をそらしてしまう。


仕事が終われば、早々に帰宅の途に。妻は会社にまだいるのかな、なんて思いが一瞬浮かんだが、今はどうでもいいことだった。


途中で、今日は本当はどっちが夕食当番だったかなと思い、どうして、こんなどうでもいいことばかり頭に浮かぶんだろうと、達也は自分で苦笑い。


確かなことは自分で用意するか、手配しない限り、今夜の夕飯にはありつけないということ。自炊する気にはならず、弁当と缶ビールを買った。


カギを開け、灯りを付ける。誰もいない部屋、鈴と結婚するまでは当たり前。結婚したあとも、共働きだから、いつも妻が出迎えてくれたわけじゃない。


しかし、今日は妻の不在という現実を改めて、突きつけられた気がして、胸をつかれる。


(自分で鈴を追い出しておいて、なにおセンチになってるんだ、俺は。)


達也はそう、自分で自分に嘲笑を浴びせていた。
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