揺れる想い〜その愛は、ホンモノですか?〜
「どうなの?決心はついた?」


「えっ?」


「全てをリセットして、『雨宮鈴』に戻って、再スタ-トを切るって。」


出してもらったコ-ヒ-を口にした途端、梨乃が問い掛けてくる。


「出張に行ったってことは、そういうことなんでしょ?少なくとも旦那さんはそう受け取ってるはずだよ。」


「やっぱり・・・そうだよね。」


鈴はポツンと呟く。


人生は一度きりなんだから、周りの意見や世間の目なんか、気にしないで、自分の信じた道を進めばいい。私はいつでも、どんな時でも鈴の味方だから。


そう熱っぽく語りかけてくる梨乃に、あやふやな笑顔で鈴は頷きながら、でも内心では


(梨乃は本当に私を応援してくれてるの?それとも、ドラマチックな展開へと私を煽ってるだけ・・・?)


と冷ややかに問い掛けていた。


人は誰でも、自分の信条や経験から、ものを考え、発言する。それは全て一面の真理ではあるだろうが、100点満点の解答たりえない。これからどうするのか、どうしたいのか、それを決めるのは最後は自分以外にはいないのだ。自分達夫婦が、どういう道を歩んでいくのか、それを決める権利は自分と夫にしかない。


母にいろいろ言われるのが嫌で、実家を離れ、梨乃の所に転がり込んだのだが、今は誰にも会うべきではなかった。一人で考えるべきだった。自分が向き合わなきゃならないのは、自分自身。母でも、怜奈でも、梨乃でも、まして高橋でもないのだ。今更ながら、それに気付いて、鈴は後悔していた。


翌朝、早々に梨乃のアパ-トを後にした鈴は、また当てもなく歩いた。やがて人混みに疲れ、ふと思いついて、電車に乗った。無性に見たくなった景色があった。


その場所は、閑散としていた。鈴の記憶にある、その場所は、暑い太陽に照らされ、輝き、大勢の若者でごった返していた。


しかし、今は、冷たい潮風が、鈴の身体に吹き付けていた。鈴の記憶にある景色とは遠く離れた、どんよりとした冬の海が、そこには広がっていた。見渡す限り、ゼロではなかったが、人影もまばらだった。


季節が真逆なんだから、仕方ない。しかし、鈴の心の中には荒涼としたものが、湧き上がって来ていた。


この場所で、鈴と達也は出会い、この場所で、生涯を共にすることを約束した。2人にとって、ここはあまりにも大切な場所だった。


しかし今、鈴は1人、ここにいる。そして目に映る、あの時とはあまりにも違う光景が、今の2人を象徴しているように鈴は思った。


(来なければよかった・・・。)


鈴の胸にまた後悔が浮かぶ。そして、次の瞬間、鈴は海に背を向けると、足早にそこを後にしていた。
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