揺れる想い〜その愛は、ホンモノですか?〜
辞表を提出し、部長との話し合いが終わったあとは、淡々とその日の業務をこなそうと努めた鈴だったが、周囲の喧噪がなかなか、それを許してはくれなかった。


「鈴さん、お願いです。辞めないで下さい。」


「そうです。仕事をバリバリこなして、優しい旦那さんと幸せな家庭を築いて。鈴さんは、私達の憧れなんです。これからも、その女子の理想の姿を私達に、見せ続けて下さい。」


後輩女子達からは、そう泣かんばかりに訴えられ


(私はそんな、みんなに憧れてもらえるような女じゃないよ。)


と内心自嘲し


「神野は反対しなかったの?」


飯田からは、詰問するような口調で、そう聞かれた時は


(反対はされなかった、な。何にも言ってくれなかったけど・・・。)


と複雑な気持ちになった。


退勤後は、未来やひなたといった同期生達につかまり


「で、辞めて、どうするつもりなの?」


尋ねられて、返事に困った。


(私、これからどうなるんだろう・・・。)


と自分自身が困惑していたから。


そんなバタバタした1日が終わり、帰宅の途についた鈴は、ふっとため息をついた。


携帯を開くと、先に退職した先輩の香織や同期の真純からまで、心配するLINEが入っていたが、待ち望んでいる人物からの連絡は一向に入って来なかった。


(達也・・・。)


昨夜、勇気をもって連絡した時も、ほとんど会話が続かず、いたたまれなくなってすぐに電話を切ってしまった。


そして今日、夫が常務と営業部長と話をしたのも聞こえて来ていた。そのことについて、何か連絡が来るかと思っていたが、その様子もない。


(達也、もうあなたの中で、私は会話もしたくない存在なんだね・・・それは私の自業自得なのは、わかってる。でもこのままじゃ・・・。)


そんなことを考えていた鈴の手にある携帯が震える。ハッとして確認すると達也からのLINEが。慌てて開くと


『お疲れ様。今日、本田常務と君のところの部長に呼ばれた。なんとか君に翻意してもらいたいそうだ。俺からも説得して欲しいと言われたけど、断った。それを君が望んでないことを知ってるから。言い辛いのかもしれないが、どうせすぐにわかることなんだから、君の口からキチンと、高橋の会社に転職するって、報告した方がいいんじゃないか?それが礼儀だと思うぞ。じゃ、おやすみ。』


それは素っ気ないという表現がピッタリの文章だった。


(達也・・・。)


鈴の瞳に、涙が滲んだ。
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