揺れる想い〜その愛は、ホンモノですか?〜
香織の話は、簡潔明瞭で、分かりやすく、彼女の能力の高さを随所に感じさせた。


その一方で、昼休みなどのオフタイムになると、一転、優しいお姉さんみたいな雰囲気になって


「お昼ごはん食べてる時まで、仕事の話はノーサンキューだよねぇ。」


などと言って、緊張気味の鈴達を和ませてくれる。


「みんながもう少し慣れたら、近くに美味しいイタリアンレストランがあるから、そこで親睦を深めようよ。」


なんて誘ってくれたかと思うと


「鈴、ちゃんと聞いてる?人間は忘れる動物なんだから、メモは社会に出たら、必須だよ。」


と厳しく指摘されて


「すみません。」


鈴は小さくなる。


「私達が2年後、香織さんみたいになれるのかなぁ。」


「香織さん、憧れるよねぇ。」


同期の寺内未来(てらうちみく)望月真純(もちづきますみ)とそんなことを話しながら、でも鈴は、一日一日、いろんなことを学んで行く。


そして、実習開始から2週間。この日は他部の業務を学ぶという内容で、他部から講師が交代で、鈴達に講義を行うことになっていた。


経理部、人事部に続き、昼食休憩を挟んで3番目の総務部の講師が現れた。


「ちょうどお腹もいっぱいになって、眠くなって来たとは思いますが、しばしのお付き合いをお願いします。」


その講師の軽妙な口調に笑いが起き、確かに瞼が重くなって来ていた鈴も、目を開ける。


「では、始めたいと思います。まずは自己紹介から。入社4年目、総務部の神野達也(かんのたつや)です。今日はよろしくお願いします。」


その声を聞いた鈴は、ハッと顔を上げ、講師を見た。そして次の瞬間、眠気なんて完全に雲散霧消し、大袈裟ではなく、全身に衝撃が走った。


(達也さん!)


そこに立っていたのは、鈴がずっと忘れられなかった人の姿だった。


達也・・・確かにこの人は今、そう名乗った。間違いない、例え、名乗らなくたって、この人を見間違えたりするはずはなかった。


鈴は呆然と達也の姿を見つめる。


(出会えた、とうとう。幻でも夢でもない。正真正銘の達也さんに・・・。)


あの時は、ビーチでお互い、開放的な恰好だったけど、それとはまさに正反対のスーツ姿でのよもやの再会。


達也がいろいろ話しているのは、わかったけど、その内容は鈴の耳には、全く入って来なかった。
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