揺れる想い〜その愛は、ホンモノですか?〜
その日、それ以降、帰宅するまでの記憶が、鈴にはほとんどない。


講習の間、ただ自分を見つめている鈴に、気付くことなく、所定の時間が来ると、達也は去って行った。


「鈴、どうしたの?」


「大丈夫?」


明らかに様子のおかしい鈴に、未来と真純が声を掛けるが


「うん、大丈夫。」


と答える鈴は、明らかに心、ここに在らざるといった有様。


「鈴、体調悪いの?だったら、無理しなくてもいいよ。」


駆けつけて来た香織にも、心配され


「すみません、香織さん。ご心配お掛けして。でも、本当に何でもありません、大丈夫ですから。」


と答えてはいるが、実際は「何でもなく」はなく、「大丈夫」でもなかった。


結局、みんなの心配を背に、帰宅した鈴は、着替えもそこそこに、携帯を手にした。今日の衝撃を訴えられる相手は、1人しかいなかった。


『どうしたの、何かあった?』


怜奈も既に帰宅していたようで、すぐに電話に出た。


就職してから、お互いに忙しく、久しぶりに聞く親友の声が耳に入った途端、鈴は堰を切ったように、今日の出来事を話し始めた。


「達也さんに会ったんだよ!会社にいたんだよ!」


興奮気味にそうまくし立てるように言う鈴を、懸命になだめながら、ようやく状況を理解した怜奈は、なるほど、これはここまで鈴が興奮するのも無理はないと思った。


『凄いねぇ、まさか同じ会社に勤めてるとはね。さすがに考えてもみなかったよね。』


「うん、そうでしょ。これは絶対に運命だよ!」


勢い込む鈴に


『気持ちはわかるけど、ちょっと落ち着こうよ。』


と怜奈はあえて、冷静に言う。


『達也さんは、鈴を見ても、何の反応も示さなかったんでしょ?』


「うん・・・でもそれは、一対一じゃなかったから、向こうは気が付かなくても、無理ないよ。」


『それはそうだけど・・・鈴のことを覚えてないって可能性もあるよね。』


その怜奈の言葉は、鈴の胸にグサリと刺さる。そんなことないって、言いたいけど、確かにあんないい雰囲気になって、連絡先も聞かれなかったのだから、達也は自分に興味がなかったのだろう。


だとしたら、確かに6年も前に、たった半日一緒に過ごしただけの自分のことなんか、覚えてなくても不思議はない。


『鈴が興奮するのも、仕方ないとは思うけど、でも私達、入社直後だよ。恋愛関係でバタバタするのは、やっぱりまだ、まずくない?』


「・・・。」


『それに、達也さんと部署も違うんでしょ?変に接触しようとしたら、余計目立っちゃうよ。』


「そっか・・・。」


『もう1つ言えば、達也さんには彼女がいるかもしれないし、結婚してたって不思議じゃないでしょ?』


「怜奈・・・。」


『とにかく、少し様子を見た方が、いいと思うよ。』


こうして、怜奈に諭されるような形になって、少し落ち着いた鈴は、彼女の言葉に肯かざるを得なかった。
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