揺れる想い〜その愛は、ホンモノですか?〜
「やがて私は、大切にしようとしていたものが、お母さんとは根本的に違っていたということに気が付いた。私は、仕事を蔑ろやいい加減に考えるつもりはもちろんなかったが、家族との時間を大切にしたいと思っていた。しかしお母さんにとって、家庭はあくまで仕事をする為のベースでしかなかった。私は鈴の妹か弟が欲しかったが、それに対するお母さんの返事は『私のキャリアの邪魔をしたいの?』だった。」


(お母さん・・・。)


母の強烈な言葉が、鈴の胸をつく。


「お母さんにとっては、私は人生パートナーである以前に、社会における競争相手だったんだろうな。ところが、私が会社での出世にあまり意欲も興味も持たないことに、彼女は不満を感じていたようだ。やがて、彼女は私を『不甲斐ない』と感じ、ますます仕事にのめり込んで行った。私が家庭のことをやり、鈴と触れ合うのは当たり前という態度になって行った。ああこの人は、『結婚』『出産』というものを人並みに一度は経験したくて、私と結婚しただけなんだな。そう思ってしまった時、私の中で、何かが壊れたんだ。」


父の独白を、もはや鈴は圧倒されながら、聞き入るだけになっていた。


「あとは、もう自分を止めることが出来なかった。ハッキリ言って、不倫に堕ちたことについて、君のお母さんへの罪悪感は全くなかった。ただ、父親として、君に恥ずかしいことをしているという罪悪感、後悔はあった。しかし、もうどうしようもなかった。そして、破滅の日を迎えたんだ。」


11年の時を経て、赤裸々に語られた父の心情。それは鈴にとって、やはり衝撃であった。全てを受け止めるにはあまりにも重い告白だった。


沈黙が2人を包む。俯き加減の娘を、大輔はじっと見つめていたが、やがて鈴は顔を上げて、父を見た。


「お父さん。」


「うん?」


「1つだけ、言いたいことがある。」


「なんだい?」


「お母さんは口が裂けても、こんなこと言わないだろうし、多分私が知ってるとも思ってないはず。でもね、お母さんは、お父さんが出て行ってから、しばらく毎日泣いてたよ。」


その娘の言葉に、驚いたように目を見開く大輔。


「お父さんはお母さんに愛想を尽かしてたのかもしれないけど、お母さんはお父さんをやっぱり愛してたんだよ。そうじゃなきゃ、あのお母さんが泣いたりしないよ。」


「鈴・・・。」


その娘の言葉を聞いて、大輔は項垂れた。
< 71 / 148 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop