眠れない夜をかぞえて
久しぶりの休日に、ゆっくりと起きてシャワーを浴びた。

ここからの眺めを気に入って購入したマンションは、モデル時代に蓄えた金で買った。

母親も同居する予定で買ったものだが、母親はいない。

俺は、父親を早くに病気で亡くした。

看護師だった母親は、勤務する病院に父親を入院させ、懸命に看病した。

気丈だった母親は、俺が大学を卒業し、社会人になるのを見届けるように、母親は一人、父親の故郷に引っ越しをした。

「お墓もあるからここがいいのよ」

看護師だった母親は、

「働くところには困らない」

と言って、東京を離れ田舎に行ってしまった。

その母親もまもなく定年らしく、仕事ばかりをしてた時間をどう使ったらいいのかと、悩んでいる。

「趣味を見つけて、習い事をしたらいい」

アドバイスをしたが、根っからの職業人の母親は、

「それが一番難しい」

と言って、困っていた。

「でも、亮が結婚して孫を見せてくれたら、孫と遊ぶのが趣味になるかも」

俺をせかす。

確かに同級生はすでに結婚して、子供もいる奴が多い。

「独身でいいな」

と羨ましがられるが、それは贅沢と言うものだ。

「体を絞らなきゃならないな」

モデルを引き受けた以上、体型を作るのがプロの仕事だ。

太った訳じゃないが、現役の頃と比べると、格段に筋肉はない。

現役時代は、自宅でのトレーニングとジムを併用していたが、今はジムも退会してしまっている。

しまい込んでいたトレーニングウエアと、道具を引っ張り出し、記憶を辿りながらトレーニングを開始した。

「あいつに撮影は見られたくないな」

モデル同士とは言っても、そのポーズはベッドで絡む男女だ。

好きな女を前にして出来ることじゃない。覚悟を決めて取り組むしかないが、気が重い。

俺がモデルと絡むとき、彼女はどう思うだろうか。仕事だと割り切って見てくれるのか、それとも、俺が期待するような感情を抱くのだろうか。そんなことを考えるなんて、小さな男だ。それじゃあ、桜庭を包み込んでやれない。

「何をしてるんだろうか」

桜庭を想わない日はない。職場でも視線は桜庭を追ってしまっている。

ふと視線を感じると、川奈が俺を見ていて、視線で俺に何か言っている。じれったいとでも思っているのだろう。

俺は、桜庭を追い詰めるようなことだけはしたくない。

いつまでも桜庭の返事を待つつもりだ。とは言っても、内心は焦っている。

今まで上司と部下という立場を守ってきたことが、唯一の停止線だった。しかし、告白をしてしまった今、溢れ出る思いを止められなくなっている。

「トレーニングしよう、雑念ばかりでダメだ」

トレーニングに打ち込めば、頭から桜庭がいなくなる。

打ち込むのがいい。一杯のコーヒーを飲み、トレーニングを始めた。

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