眠れない夜をかぞえて
心の支え
今日は哲也の法要が行われる。いつもはお墓参りをしてから、哲也の実家に行くのだが、今日は先に家に行く。
「こんにちは」
「美緒ちゃん、いらっしゃい」
出迎えてくれたのは哲也のお母さん。笑顔が見られて嬉しい。
お母さんの悲しい顔だけは見たくない。母親にとって息子は無償の愛の象徴だ。
「ものすごく暑いです」
「そうよね、嫌になっちゃうわ」
家の中に通されると、法要をする準備は整っていた。
哲也が亡くなった時、一緒に海に行った仲間たちから花が贈られていて、仏壇の横に供えられていた。
今でも忘れないでいてくれるのが、何より嬉しい。
「もっと早く来れば良かったですね、何もお手伝いが出来なくて」
「だって家だもの、何もすることは無いわよ。今、お茶を淹れるわね」
「ありがとうございます」
七回忌法要はお寺でしないと、先月のお墓参りの時に言われていた。
最初はびっくりしたけど、親戚も高齢で夏は外に出すと危ないと聞き、それもそうだと納得した。哲也が生まれ育った家で、冥福を祈るのが一番いい。
でも、私はどんな形でもいいから、そばにいて欲しい、成仏なんてして欲しくないと、不謹慎なことをいつも思っている。
「哲也、来たよ。今日はね、フローラルの香りがするお線香にしたの。あとで嗅いで見てね」
お墓とは違い、仏壇には哲也の写真がある。
年を取らず止まったままの哲也の顔。それを見るだけで、あの時の夏の光景がフラッシュバックしてしまう。
溢れる涙は止まらず、壊れた蛇口から流れて止まらない水のように、ただ目から流れているだけだ。
自分の意志で止めようとしなければ、ずっと泣き続ける。
「泣き顔ばっかりみせちゃってごめんね」
法要はこれからだと言うのに、情けない。
「美緒ちゃん、いらっしゃい」
「あ、おじさん、おじゃまします」
もう、泣き顔を見せるのは慣れた。鼻を少し噛んで、リビングへ向かう。
哲也のお父さんの顔を見るのは、少し辛い。それは哲也にとてもよく似ているからだ。
テーブルにはお茶が用意されていた。きっとおばさんは私が仏壇の前から離れるのを待っていたのだろう。
哲也の両親と向かい合わせに座ると、一口お茶を飲んだ。
「暑いのに悪いね」
おじさんは私に向かって団扇であおぎながら言った。
「そんなことありません」
「もうすぐお坊さんが来るから、一緒に祈ってやって」
「もちろん」
哲也が亡くなると、ご両親は「自分の人生を生きなさい、此処には来てはダメだ」と言った。
私は、自分が生きている意味がなくなってしまったと感じ、何も食べられなくなった。
寝ることも出来ず、常に宙に浮いている感覚だった。
後に弟から聞いた話では、私の両親が哲也の家に出向き、哲也のご両親に私の気が済むまでここに越させてやって欲しいと、お願いしたそうだ。
私を見るに見かねてのことだったと思う。
そんな日々が過ぎてなお、私の心は悲しみが占めている。
雑談をしながらお坊さんを待っていると、噴き出るような汗を流してご住職がやって来た。
年配のご住職では、この暑さは堪えるだろう。
「いやあ、暑いですな」
「少し涼んでからになさってください」
おばさんが冷たいおしぼりと、麦茶を出した。扇風機の前で作務衣の袷をパタパタと広げながら、ご住職は暑さを逃していた。
「こんにちは」
「美緒ちゃん、いらっしゃい」
出迎えてくれたのは哲也のお母さん。笑顔が見られて嬉しい。
お母さんの悲しい顔だけは見たくない。母親にとって息子は無償の愛の象徴だ。
「ものすごく暑いです」
「そうよね、嫌になっちゃうわ」
家の中に通されると、法要をする準備は整っていた。
哲也が亡くなった時、一緒に海に行った仲間たちから花が贈られていて、仏壇の横に供えられていた。
今でも忘れないでいてくれるのが、何より嬉しい。
「もっと早く来れば良かったですね、何もお手伝いが出来なくて」
「だって家だもの、何もすることは無いわよ。今、お茶を淹れるわね」
「ありがとうございます」
七回忌法要はお寺でしないと、先月のお墓参りの時に言われていた。
最初はびっくりしたけど、親戚も高齢で夏は外に出すと危ないと聞き、それもそうだと納得した。哲也が生まれ育った家で、冥福を祈るのが一番いい。
でも、私はどんな形でもいいから、そばにいて欲しい、成仏なんてして欲しくないと、不謹慎なことをいつも思っている。
「哲也、来たよ。今日はね、フローラルの香りがするお線香にしたの。あとで嗅いで見てね」
お墓とは違い、仏壇には哲也の写真がある。
年を取らず止まったままの哲也の顔。それを見るだけで、あの時の夏の光景がフラッシュバックしてしまう。
溢れる涙は止まらず、壊れた蛇口から流れて止まらない水のように、ただ目から流れているだけだ。
自分の意志で止めようとしなければ、ずっと泣き続ける。
「泣き顔ばっかりみせちゃってごめんね」
法要はこれからだと言うのに、情けない。
「美緒ちゃん、いらっしゃい」
「あ、おじさん、おじゃまします」
もう、泣き顔を見せるのは慣れた。鼻を少し噛んで、リビングへ向かう。
哲也のお父さんの顔を見るのは、少し辛い。それは哲也にとてもよく似ているからだ。
テーブルにはお茶が用意されていた。きっとおばさんは私が仏壇の前から離れるのを待っていたのだろう。
哲也の両親と向かい合わせに座ると、一口お茶を飲んだ。
「暑いのに悪いね」
おじさんは私に向かって団扇であおぎながら言った。
「そんなことありません」
「もうすぐお坊さんが来るから、一緒に祈ってやって」
「もちろん」
哲也が亡くなると、ご両親は「自分の人生を生きなさい、此処には来てはダメだ」と言った。
私は、自分が生きている意味がなくなってしまったと感じ、何も食べられなくなった。
寝ることも出来ず、常に宙に浮いている感覚だった。
後に弟から聞いた話では、私の両親が哲也の家に出向き、哲也のご両親に私の気が済むまでここに越させてやって欲しいと、お願いしたそうだ。
私を見るに見かねてのことだったと思う。
そんな日々が過ぎてなお、私の心は悲しみが占めている。
雑談をしながらお坊さんを待っていると、噴き出るような汗を流してご住職がやって来た。
年配のご住職では、この暑さは堪えるだろう。
「いやあ、暑いですな」
「少し涼んでからになさってください」
おばさんが冷たいおしぼりと、麦茶を出した。扇風機の前で作務衣の袷をパタパタと広げながら、ご住職は暑さを逃していた。