眠れない夜をかぞえて
スイッチは入った。唐沢さんの声が懐かしい。シャッターを切る度にポージングを変える。

「自分でイメージしたポーズを取ってくれ、取りあえず彼女を抱き込んで」

「はい」

桜庭は、俺が抱きしめた瞬間、体を硬直させた。卑怯だと思いながらも、俺は桜庭を抱きしめた。

「もっと頬寄せて、それから、目、いいぞ、その目、その目」

唐沢さんは乗せるのがうまい。俺はモデルとしての勘を取り戻して、撮影に挑んでいた。

衣装替えがある度に桜庭が離れる。彼女の去った後は、温もりが残る。

こんなに寂しいと感じたことはない。

「桜庭さん! 少し顔をこっちに向けて! 亮、髪でうまいこと目が見えるか見えないかの所で流して!」

桜庭が指示に従って、顔を向けると、俺は乱れた髪を直した。

「体に掛けてある掛け物、少し下げて、腰の辺りまで」

「悪いな、桜庭」

桜庭は首を振って答えた。

桜庭の綺麗な腰のラインが見えた。俺にどうしろと言うんだ。

桜庭も俺の胸に顔をつけることはかなり恥ずかしいことだろう。

必死でつけないように堪えている姿が、なんともいじらしい。

「身体が耐えきれないと、震えてるぞ」

きっと体重を気にしているに違いない。可愛らしい気遣いだ。

以前にモデルの体型の話をしていた時を思い出す。

「意地悪です。ダイエット中ですから、今に見てて下さい。スマートになりますから」

それを言って、力つきた。俺の胸にとびこんできた。逃がすものかと、抱きしめた。

かっこいいところを見せたい。俺のモデルとしての過去を見せたい。

いい仕事をしていたんだと、見せたい。見栄でもいい、彼女に認められたかった。

まだ緊張をしている桜庭をほぐそうと話しかける。

彼女が冗談で返せるくらいに緊張がほぐれ掛けていたとき、

「肩ひもを指に掛けて、少しずらす。紐で遊ぶように」

なんと言うことを要求するのだ。
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