眠れない夜をかぞえて
「ゆっくりと支度して。終わったらスタジオで」

「わかりました」

控え室の前で彼女をおろすと、メイクに声を掛ける。

「俺は自分で落とせるから、彼女を頼む」

「分かりました、用意はしてありますから、終わったらそのままにしておいて下さい」

「ありがとう」

メイクに桜庭を託して、俺は控え室に戻る。後ろ手にドアを閉めると、一気に力が抜けた。

「勘弁してくれ……」

唐沢さんを恨んだことは今までにない。しかし、今回は本当に恨む。

仕事だと割り切るのには、俺の精神力がまだ子供なのか。

そうじゃない、桜庭が相手な為に、俺が割り切れないのだ。

好きな女を抱きしめ、平常心でいられる男がいたらお目にかかりたい。自分でも褒めてやりたいほど、頑張った。

仕事を請け負ったモデルとしても、唐沢さんの要求を完璧にこなした。

そのことには自信があるが、本当に理性がやばかった。

「はあ~」

しばらく立ち上がれず、その場に座り込む。

桜庭の肌の感触、温もりと香り。そのどれもが交わって、俺を刺激した。

さらにあの衣装。あれには参った。彼女は俺以上に参ったに違いない。抱きしめて分かった胸の感触。一瞬、我を忘れてしまう所だった。

力尽きたのは桜庭だけじゃない。座り込んでしばらく動けない俺もだ。

「よいしょ」

何とか立ち上がって化粧台前に座る。

「いい顔だ」

満足のいく仕事を終えたときの顔だ。しばらく振りに見た。

今、どんな思いで桜庭はいるだろう。顔を合わせるのが若干恥ずかしい。

手早くシャワーを浴び、髪を簡単に乾かすと、スタジオに戻って唐沢さんに挨拶をした。

< 120 / 132 >

この作品をシェア

pagetop