眠れない夜をかぞえて
「本当にありがとうございました」

「もう一度やらないか? 俺と」

唐沢さんも諦めが悪い。

「俺は、サラリーマンが合ってるんですよ」

「男なんだから、自分に賭けて見ろよ。お前なら世界を狙えると何度も言っただろうが。全くしょうがねえ奴だ」

「平凡が一番です」

唐沢さんは深いため息を吐いた。

「———亮、俺の目は間違ってないだろう? お前は彼女が好きだ。違うか?」

「また、そんなことを」

「俺の目はごまかせないんだよ。どれだけお前とタッグを組んで来たと思ってるんだ? 新人の頃からずっと、お前の変化を見てきた。性格は申し分ないお前だったが、女には気持ちが冷めていた。そんなお前があんな目をするのは、初めてだ」

「……」

「認めろ。俺の勝ちだ」

俺は降参した。

「そうですよ、惚れた女です。攻略出来なくて、てこずっている女です」

「だろうな、彼女は悲しみを背負ってる。笑顔に陰がある。だから、顔をすこし撮らせてもらったんだ」

「でしょうね。意味なく指示をする人じゃない」

「俺は勝ったぞ、一本、撮らせろ」

ニヤリと唐沢さんは笑った。

「……彼女と結婚できた暁には、ウエディング写真でも撮って下さいよ」

「ああ、最高の写真を撮ってやる。だからモノにしろ、お前に彼女はあってる」

唐沢さんが視線を向けた先に、桜庭が片付けをしていた。

「なんだか自信が湧いてきましたよ」

本当に自信を無くしていた。返事は急がないといいながら、毎日顔を合わせれば、触れ合いたくなり、自然と桜庭に視線を向けていた。

彼女の状態を考えれば急いではダメだと分かっていても、撮影の時には急かすようなことを言ってしまった。
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