眠れない夜をかぞえて
「う……ん」

うたたね程度だったのだろう、少し騒がしい程度だったが、一ノ瀬さんは私が起こす前に目が覚めたようだ。

「あ~悪い、寝ちゃったか。申し訳ない」

「いいんですよ」

「これも」

そう言って私が掛けたタオルを持ち上げた。

「寝言言ってましたよ」

「まじか!? なんて!?」

「おかあさ~んって」

「……揶揄いやがって、覚えてろ」

「疲れているんですよ、よく眠っていました」

「……寝る子は育つんだよ、ま、これ以上育ったら困るんだけどな」

「……え……?」

哲也のことを、一ノ瀬さんの寝顔を見て思い出して、いつも言っていた言葉を思い出していたばかりだった。

同じことを言った一ノ瀬さんをびっくりして見てしまった。誰でも知っているし、有名なことわざなんだから、一ノ瀬さんの口から出てもおかしくない。

なのに、ドキッとしてしまったのはなぜだろう。

「どうかしたか?」

「え? あ、いえ、何でもないです」

哲也と重ねてしまったなんて言えない。

つい揶揄ってしまったけど、本当の一ノ瀬さんはこっちのほうかもしれない。

社会的地位にいる人だから、自分を戒めながら仕事をしているのだろう。忙しい彼を癒してくれる人はいるのだろうか。

予定の時間を少し過ぎて制作発表が終わり、また控室は人であふれかえった。少し雑談をしながら軽食を済ませると、一斉に稽古に向かって行った。

「さ、あと少しだ頑張ろう」

「はい」

残った食べ物をしまって、台車に乗せる。ホテルの搬入口にタクシーを着け、トランクと助手席に運び入れる。

「残ったのは飲み物だけ……引き上げるか」

「はい。瑞穂も来ればこれだけのごちそうにありつけたのに」

「あいつには食べさせなくていい、男を取ったんだからな」

「それもそうですね」

ホテルに挨拶を済ませ、タクシーに乗る。タクシーはガンガンにクーラーが入っていたけど、窓から差し込む日差しがじりじりと痛いくらいだ。

日焼けが気になって、長袖のカーディガンを着ているけど、意味がないようだ。

大仕事を終えて緊張も解けたせいか、今度は私が眠くなってしまってしまった。一生懸命に目を開けていたけど、いつの間にか瞼を閉じていた。

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