眠れない夜をかぞえて
「一ノ瀬さんも困ってたわよ、唐沢浩一には」

「一流のカメラマンにお願いできただけでもすごいことよ。被写体を選ぶ人が、うちのモデルを撮ってくれるんだから」

「確かに」

唐沢浩一に仕事を依頼したのは、一ノ瀬さんだった。最近の唐沢浩一は、商業ポスターは撮らないポリシーらしいが、今回は何故承諾したのか、そこは聞かされていない。

ただ、一ノ瀬さんが困り顔だったことは知っている。

私は、スタジオ撮影の担当で、撮影時に必要な物をリストアップしている。

「暑いから、差し入れはアイスとか冷たい飲みものがいいかな?」

「スタジオは冷房ガンガンよ」

「そうだった」

ヘアメイク、スタイリスト、カメラマンにアシスタント。

芸能人が来るわけじゃないから、お付きやマネージャーも来ない。ポスター撮りは最少人数でいけそうだ。

チェクリストを作って、スケジュールをつくる。唐沢側からは、スタジオの指定だけで、あとは何も要求はなかった。

「一ノ瀬さんに確認してくるわ」

「うん」

確認資料を持って、一ノ瀬さんのデスクに行くと、一ノ瀬さんの姿はなく、周りをキョロキョロと見てみたけど、姿はなかった。

「一ノ瀬さん、知りません?」

「ああ、一ノ瀬さんなら仮眠室じゃないかな?」

「仮眠室?」

「昨日帰ってないみたいだよ、若狭あゆみの件で」

「え?」

すぐに帰ったと言っていた。それは嘘だったのだろうか。

「瑞穂、ちょっと仮眠室に行ってくる」

「え? 仮眠室?」

「一ノ瀬さん、昨日帰ってないらしいわ」

「え? ちょっと」

瑞穂の問いかけにも返事をしないで、仮眠室に急いだ。胸がざわつく。今、一ノ瀬さんの様子を見なくてはと気持ちがはやる。

総務の上の階に仮眠室がある。このフロアは、シャワー室や小さな給湯室もある。ロケ帰りの準備など、色々な理由で帰ることのできないスタッフの為に完備されたものだ。

仮眠室だからベッドがあるだけだけど、十分に睡眠をとることが出来た。

空室の部屋のドアは開いているけど、使用している部屋はドアが閉まっている。
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