眠れない夜をかぞえて
身体が食事を欲すると実家に帰っていたけど、この定食屋のお陰で実家に行く頻度が減った。

自社ビルの正面玄関を出て、すぐに横断歩道がある。そこを渡ってすぐに店はある。

「やっぱり背が高いですねぇ」

瑞穂は、風に吹かれ、巻き上げられた髪を抑えながら、一ノ瀬さんを見上げるように見た。

「不便なことも多いんだぞ」

「でも、やっぱり背が高い男の人はステキです」

私は素直にそう思う。

本人に聞いたことはないけど、一ノ瀬さんはシャインプロダクション所属のモデルだったようだ。

それもかなり期待されていたらしい。シャインプロ初のパリコレモデルになると期待されていたと、噂話で聞いた。

何がきっかけだったのかは知らないけれど、モデルをスパッと引退して、シャインプロの一社員として働きだした。

今は、統括部長という立場。冷静沈着、気配りが出来て、周りからの信頼も厚く、人当たりもいい。

取ってくる仕事は多く、あっという間に、この若さで統括部長という地位についた。

「どうぞ」

「すみません」

瑞穂と一緒に軽く頭を下げて、一ノ瀬さんが開けてくれた入り口を入る。

いつも、どんな時もレディーファーストなのだ。それが厭らしくないので、ずるいと思っている。

店員に席を案内されると、既に瑞穂と一ノ瀬さんのランチは決まっていたようで、水を持って来た店員にオーダーをする。

「唐揚げ定食」

「マグロのハラミ定食」

「あ、私もそれで」

「畏まりました」

おしぼりで手を拭きながら、

「一緒でしたね」

「一度食べて、はまった」

「一緒です」

脂がのっていて、わさび醤油で食べる。マグロは刺身と思っていたけど、このハラミ定食を食べてから、焼きの美味しさを知ってしまった。
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