眠れない夜をかぞえて
「なんだ、悪いな」
「あちらでゆっくりと食べてください。電話が鳴ったら私が対応しますから」

応接セットのある方を指さした。雑然としている事務所のなかで、唯一ゆっくりできる場所だ。暑いけれど、朝日も入り込んでいい。

「電話番なんかいい。一緒に食べよう、と言っても俺だけだが」
「では、コーヒーを淹れてご一緒します」

バッグを椅子の上に置いて、給湯室でコーヒーを淹れる。おかわりも出来るように余分に落として、マグカップに入れた。

「食べていてくれても良かったのに、待っていたんですか?」

一ノ瀬さんは律儀に私を待っていた。

「御馳走してくれた方ですから」
「ふざけないでくださいよ」
「遠慮なく、いただくよ」
「どうぞ」

やっぱり買ってきて良かったし、思った通り朝食抜きだった。

「いつも食べないんですか? 朝ご飯」
「そうだな、牛乳を飲んで家を出ることが多いな」
「牛乳は飲むんですね」

さっきから牛乳というワードが出てきて、子供みたいだとつい笑ってしまう。

「おかしいか?」
「いいえ、健康に気を使っていていいことです」
「ばかにして」
「褒めているんですよ」
「ほっとけ」

いつでも完璧。ミスターパーフェクト。所属している誰よりも素敵なモデル。だった人。着こなしも、スタイルも、もちろん顔も完璧なのに、気取っていない。いつでも部下を尊重して、ミスをしても自分がカバーをする。理想の上司その者の人だ。
そんなことを考えながら一ノ瀬さんを見ていると、あっという間に食べ終えてしまった。

「ごちそうさま、うまかった」
「いいえ、いつもごちそうになってますから。コーヒーのおかわりはいかがです? 落としてありますけど」
「いただこうかな」
「わかりました」

席を立って、給湯室に行き、一ノ瀬さんのマグカップにコーヒーを注ぐ。

「どうぞ」

「ありがとう」

ソファにもたれて、脚を組む。視線は外を見て、リラックスしている。その顔がポートレートのようで、思わず写真を撮りたくなった。

「桜庭」

「え? あ、はい、何でしょう」

見つめていたのが分かってしまっただろうか、恥ずかしい。

「聞いて欲しいことがある」

「は、い……」

さっき冗談を言っていた時とうって変わり、真剣な表情になる。私は、仕事でまた何かあったのだと、身構えた。

「俺は……桜庭、お前が好きだ」
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