眠れない夜をかぞえて
「川奈、講習の資料は出来てるか?」

少し離れたデスクから瑞穂に声を掛ける。

「20部ですよね、出来てます」

「分かった、桜庭はスタジオに持って行く道具のチェックリストを持って来て」

「は、はい……あーあーあー」

名前を呼ばれて、慌てて立ち上がると、手がデスクに置いてあったマグカップに当たって、コーヒーをこぼしてしまった。

幸いにして服は汚さずに済んだけど、デスクにコーヒーが広がってしまった。

「ちょっと、何してるのよ、パソコンにかかった? 他は、大丈夫?」

瑞穂はすぐに雑巾を持って来て、デスクに広げてコーヒーを吸い取った。

「ご、ごめん」

「講習は大丈夫なの? まったく」

瑞穂は、差し入れを持って撮影現場に行く予定が入ってしまっていた。急遽、私が講習のアシスタントをすることになってしまった。どうして、こうなるの?

「ちょっとぼーっとしてただけなの、早朝に目が覚めちゃってそのまま起きていたから、今頃眠くなっちゃって」

「しっかりしてよ」

「ごめんてば」

告白した相手はいつもと変わらず仕事をしている。

乱された私は、動揺して仕事どころじゃない。どうしてくれるのだ。子供じゃないけど、どうしていいか分からない。

「突然でごめん。チャンスがあったら告白するつもりだった。今しかないと思ったわけじゃないんだけど、口から自然と出てしまった」

「あの、あの……」

「すぐに返事をしてくれなくていい、ゆっくり考えてくれればいいし、どんな答えでも俺は構わない。待ってる」

なんで、急に。それしか思い浮かぶ言葉はなかった。

「はい、新しい資料。講習が始まる前までに読んでおいてよ。今回はいつもより項目が多いからね」

「はい、はい」

別にペアを組んで仕事をしているわけじゃないけど、一ノ瀬さんと一緒に仕事をすることが多い。それはデスク業務だし当たり前なのだが、こんなときは本当に恨めしい。

飲酒事故、不倫、薬物、SNSを使った不適切投稿などなど、資料をぺらぺらと捲っただけでもこれでもかというほど、講習で講義をすることがある。

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