眠れない夜をかぞえて
「桜庭はコーヒーでいいのか?」

「え? あ、はい」

「モーニングセットとコーヒーを単品で、テイクアウトします」

ぼーっとしていたら、一ノ瀬さんが注文していて、会計まで終わっていた。

「いつもごちそうさまです」

テイクアウトしたものを袋に下げ、また事務所に戻る。終業時間は一応決まっている。

9時から6時。まだまだ、人は出勤しない。

昨日の慌ただしさは残っていて、一ノ瀬さんはその対応に追われているから、今朝も早く出勤したのだろう。

「向こうで食べません?」

「ん? ああ、いいよ」

事務所にはテラスがある。と言っても、外ではなくて、中にあるのだが、食事をしたり休憩できるスペースになっている。外の景色を見るのもいい。

「今度の舞台だが」

「はい」

シャインプロは、舞台だけじゃなく、芸能全般の制作指揮も手掛けている。

毎年、舞台を企画しているが、今回は、主演男優の芸能生活20周年記念舞台と言うことで、大々的に宣伝もして、全国の劇場を回る予定だ。


「制作発表記者会見を手伝って欲しいんだが」

「ええ、構いませんよ。そのつもりでいましたから」

「今回の件で、スタッフが足らなくてね。デスクなのに悪い」

思わぬ災難で、人が足らなくなった。事務方スタッフや現場マネージャー、上層部と方々に謝罪に回っている。

それに加え、番組改編時期で、ばたばたもしている。番組改編時期は、新人を売り込むのにもいい時期だからだ。

「謝らないでくださいよ。代休はしっかりといただきますから」

「そうしてくれ」

「一ノ瀬さんこそお休みになってませんよね。体に気を付けてくださいよ? この暑さですし」

「ああ、気を付けるよ。さあ、食い終わったし、仕事を再開するか」

「はい」

両手をぐんと延ばして背伸びをすると、一段と背が高く見える。哲也も身長があった方だけど、一ノ瀬さんほどじゃなかった。

「どうかしたか?」

「え? あ、いえ、背が高いなあって見てただけです」

いけない、ついじっと見てしまった。

「意外と生活が不便なんだぞ、羨ましがられるけどな。さ、仕事だ」

「はい」

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