眠れない夜をかぞえて
私の次の言葉を聞かずに、焦っている一ノ瀬さんの声が聞こえる。

哲也だけじゃなく、一ノ瀬さんにも心配をかけていた。

「一ノ瀬さん、聞いて欲しいことがあるの」

『体調が悪いとか、怪我をしたとかないのか、大丈夫なのか!?』

「私は、大丈夫、元気です」

『どこにいるんだ、どこにいるかを先に言いなさい』

本当に心配をかけてしまっていたらしい。私には穏やかで、優しい一ノ瀬さんが強い口調になっている。

「一ノ瀬さんのマンションの下にいます」

『……そこを動くな、今すぐに行くから絶対に動くんじゃないぞ』

「はい」

電話は切られることなく、繋がっている。

ガタン、カサカサと電話の向こうで音がする。

スマホを置いて着替えているのかもしれない。

スマホを耳に当て、目を閉じて耳を澄ますと、電話の向こうで一ノ瀬さんを感じる。

『桜庭、そこにいるよな』

「います。どこにも行きません」

『……ゆっくり休めたのか?』

「ええ、ゆっくり……ごめんなさい、心配をかけてしまって」

『無事ならいいんだ』

「聞いて欲しいことがあるんです」

『……聞くよ』

一ノ瀬さんは走っているようだ。息遣いが荒い。

もうすぐ、一ノ瀬さんはあのエレベーターを降りてくる。

私を見て、どんな顔をするのだろうか。

「私は……あなたを好きになってもいいのでしょうか……?」

人を好きになるのに、誰の断りもいらない。でも私は心で抱えている物がとても大きく占めている。

「一ノ瀬さんを……!」

マンションの正面に背を向けていた私に、一ノ瀬さんが抱きしめた。

「続きを言って」

私は、頷いた。

「私は、一ノ瀬さんがす……」

続きを言ってと言ったその人が、私の口を塞いだ。

唇の感触は温かく、柔らかで、一ノ瀬さんは生きていると実感することが出来た。

「なんで泣いてる?」

「一ノ瀬さんが温かいから……」

私の手を引き、マンション内に入る。エレベーターに乗ると、一ノ瀬さんはまた私を抱きしめた。

家の玄関を入り、リビングに手を引かれて入る。

「やっと安心した……」

「すみません」

「ここにいてくれるだけでいい、もう黙って何処へも行くな」

私に頬ずりして抱きしめた。




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