眠れない夜をかぞえて
「ずっと私だけが幸せになどなれるはずがない。彼がそんなことを思っているわけないのに、勝手にそう思っていたんです。エゴですよね。ずっと……私は一人で生きて行くんだと思っていました。彼に会えるのは夢の中だけで、それが嬉しくて、嬉しくて。でも夢に出てくる彼は、悲しい顔をするんです。大好きだったあの笑顔は見せてくれない。眠れなくて、眠れなくて、悲しくて……」

ぽつぽつと話す私を、背中を撫でながら聞いてくれている。

「一ノ瀬さんを意識するようになって、彼に変化が現れたんです。笑ってくれるようになりました。彼の笑顔が見たかった。私の願いはそれだけだった。彼が私の前からいなくなって7年。やっと笑顔が見られたんです。嬉しかった。なんどもその笑顔を見たくて、夢に出てきて欲しいと願いながら夜を迎えて」

「……」

「やっとわかったんです。彼は、私に幸せになってもらいたいんだと。ずっとそれを訴えていたのに、私には伝わらなかった。……何度も一ノ瀬さんに彼を重ねました。背格好は全く違うのに、何処か彼とかぶるところがある。彼の名前で一ノ瀬さんを呼びそうになったことが何度もありました」

私は、起き上がって一ノ瀬さんを見た。

「私は彼を忘れられない、一ノ瀬さんを見て、彼の名前を呼んでしまうかもしれない。いつまでも、いつまでも、彼の姿を追ってしまうかもしれない。それでも、私はあなたが好き」

私の告白を聞き、一ノ瀬さんは自分に私を引き寄せた。

「好きになる人の好みなんてそうそう変わるもんじゃない。俺を彼に重ねて見えてしまうことは悪いことじゃないし、忘れて欲しいとは思わない。そのままでいいんだよ」

「……」

「———もう少し眠るか? ずっと傍にいるから」

「お願い……抱きしめて……」

私は、一ノ瀬さんの胸を借りて、もう一度眠ることにした。

安心できる温かな胸。私は、安らげる場所を見つけたのだ。


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