結婚ノすゝめ
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「ま、真崎先生…。」
「どうも、美花さん。あなたの様な方が買い物をされるととても素敵に見えますね。」
穏やかに微笑むその表情に思った。
完璧なまで、仮面を被れる人だ、と。
榊さんに散々『芋娘』と呼ばれている私だよ?そんな褒めちぎりの口上は通用しません。
「真崎先生、どうされたんですか?」
「通りかかったら、美花さんが見えたもので。」
「どうぞ」と促されるまま、網膜認証の機械に顔を近づけたら、ピピッと機械音が響く。どうぞお通りくださいと、先ほどレジを対応してくれた人が、持ってきたエコバッグに全て詰めると渡してくれた。
…隣のパン屋さんにも行きたかったけど予算がな。
まあ…フランスパンは無理だけど、テーブルロール位なら自分で焼けるし。
そんな事を考えながら受け取ろうとしたら、横から真崎先生の手が伸びてきて、先にそれを受け取る。
「あ、あの…」
「私が持ちますから。行きましょう。美花さんにお聞きしたい事もありますし。」
躊躇している私を「どうぞ」と通路へと促す。
スマートだな…。慣れてらっしゃる。
まあ…田宮さんの人間関係(特に女性)を円滑にして来た方だもんね。そりゃ慣れているはず。
建物の外へ出ると、梅雨明けの空が広がり、日の光が燦々と降り注ぐ。
真崎先生が日陰になる様、持っていた日傘を広げた。それに何故か真崎先生は目をまるくする。
「美花さん…何をなさっているのですか。」
「え?荷物を持ってくださっているので、せめてこの暑さが少しでも遮れればと…。」
どうして真崎先生が苦笑いなのかがよくわからず、首をかしげると真崎先生は苦笑い。
「俺は平気ですから。美花さんがさしてください。そうしないと私は田宮さんの専属も会社の専属も両方クビになります。」
一瞬、「どうして?」と思ったけれど。なるほど、田宮さんがヤキモチを妬くと考えているわけか。
そこの心配はいらない気がするけど。
「それにほら、もう少ししたらミストシャワーの道ですから。」
目の前の、期間限定で設置されたアーケードを真崎先生が指差す。
夏場だけ、ベリーズビレッジ内の道にはミストシャワーが設置され、道ゆく人が暑さをしのげる様にできている。
アーケードに入ると、ふわふわと柔らかいミストが体を包み、一気に涼しさを纏う。
これなら…日傘は不要だよね、確かに。
「美花さん、ここでの暮らしは如何ですか?」
「はい…何だか至れり尽くせりで…。戸惑っています。」
クッと真崎先生が笑う。銀縁メガネが少し光を帯びて光った。
「正直ですね。」
「だ、だって…こんなにセレブリティな生活とは無縁だったので。」
「確かに。ここに居を構える方々は錚々たる面々ですからね。」
「真崎先生はお住まいではないのですか?」
「私などとても住める所ではありませんよ。」
レジデンスの前まで来ると、真崎先生が振り返り、オフィスタワーに目をやった。
「…田宮所長は“選ばれし人”ですからね。」
選ばれし…人…。
「お家柄ももちろんですが、ご本人の人当たり、仕事に対する真摯な態度と溢れる才能。そしてあのビジュアル…まあ、ビジュアルは彼にとってはおまけみたいな物ですが、あらゆる物を持ち合わせている。」
ですよね…本当にその通りだと思う。
私の今までの日常で、恐らく交わる事はなかった人。本当に存在しているのかすら、確かめられないくらい、遠い存在の人。
それが…偶然出会って、そして、結婚。
人生本当に何があるかわからない。
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「ま、真崎先生…。」
「どうも、美花さん。あなたの様な方が買い物をされるととても素敵に見えますね。」
穏やかに微笑むその表情に思った。
完璧なまで、仮面を被れる人だ、と。
榊さんに散々『芋娘』と呼ばれている私だよ?そんな褒めちぎりの口上は通用しません。
「真崎先生、どうされたんですか?」
「通りかかったら、美花さんが見えたもので。」
「どうぞ」と促されるまま、網膜認証の機械に顔を近づけたら、ピピッと機械音が響く。どうぞお通りくださいと、先ほどレジを対応してくれた人が、持ってきたエコバッグに全て詰めると渡してくれた。
…隣のパン屋さんにも行きたかったけど予算がな。
まあ…フランスパンは無理だけど、テーブルロール位なら自分で焼けるし。
そんな事を考えながら受け取ろうとしたら、横から真崎先生の手が伸びてきて、先にそれを受け取る。
「あ、あの…」
「私が持ちますから。行きましょう。美花さんにお聞きしたい事もありますし。」
躊躇している私を「どうぞ」と通路へと促す。
スマートだな…。慣れてらっしゃる。
まあ…田宮さんの人間関係(特に女性)を円滑にして来た方だもんね。そりゃ慣れているはず。
建物の外へ出ると、梅雨明けの空が広がり、日の光が燦々と降り注ぐ。
真崎先生が日陰になる様、持っていた日傘を広げた。それに何故か真崎先生は目をまるくする。
「美花さん…何をなさっているのですか。」
「え?荷物を持ってくださっているので、せめてこの暑さが少しでも遮れればと…。」
どうして真崎先生が苦笑いなのかがよくわからず、首をかしげると真崎先生は苦笑い。
「俺は平気ですから。美花さんがさしてください。そうしないと私は田宮さんの専属も会社の専属も両方クビになります。」
一瞬、「どうして?」と思ったけれど。なるほど、田宮さんがヤキモチを妬くと考えているわけか。
そこの心配はいらない気がするけど。
「それにほら、もう少ししたらミストシャワーの道ですから。」
目の前の、期間限定で設置されたアーケードを真崎先生が指差す。
夏場だけ、ベリーズビレッジ内の道にはミストシャワーが設置され、道ゆく人が暑さをしのげる様にできている。
アーケードに入ると、ふわふわと柔らかいミストが体を包み、一気に涼しさを纏う。
これなら…日傘は不要だよね、確かに。
「美花さん、ここでの暮らしは如何ですか?」
「はい…何だか至れり尽くせりで…。戸惑っています。」
クッと真崎先生が笑う。銀縁メガネが少し光を帯びて光った。
「正直ですね。」
「だ、だって…こんなにセレブリティな生活とは無縁だったので。」
「確かに。ここに居を構える方々は錚々たる面々ですからね。」
「真崎先生はお住まいではないのですか?」
「私などとても住める所ではありませんよ。」
レジデンスの前まで来ると、真崎先生が振り返り、オフィスタワーに目をやった。
「…田宮所長は“選ばれし人”ですからね。」
選ばれし…人…。
「お家柄ももちろんですが、ご本人の人当たり、仕事に対する真摯な態度と溢れる才能。そしてあのビジュアル…まあ、ビジュアルは彼にとってはおまけみたいな物ですが、あらゆる物を持ち合わせている。」
ですよね…本当にその通りだと思う。
私の今までの日常で、恐らく交わる事はなかった人。本当に存在しているのかすら、確かめられないくらい、遠い存在の人。
それが…偶然出会って、そして、結婚。
人生本当に何があるかわからない。
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