結婚ノすゝめ
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踵を返して、エレベーターへと向かう。コンシェルジュの方が私に会釈して、私も会釈を返したその時。
「美花。」
背中で呼び止める声。
「た…凪斗さん、お帰りなさい。」
いけない。コンシェルジュさんの前で『田宮さん』と呼んでは不自然だ。
もちろん、そう思ったけれど、その事よりも、自分の感情と上擦り気味の声に戸惑った。
1週間ぶり位に会ったからだろうか。どこか、『嬉しい』と思っている自分がいる。
「…誰か来てたの?」
「あ…はい。つい先ほどまで。実は…」
エレベーターに二人で乗り込み、事の成り行きを説明すること、5分ほどだろうか。
ミネラルウォーターをコップに注ぎ、ソファに腰を下ろした田宮さんは、呆れた様にふうとため息をだし、目を細めた。
「…で?ここに入れたと。」
「は、はい…勝手な真似をすみませんでした。具合が悪そうでしたし、真崎先生も居たので…。」
「……。」
眉間にシワを寄せ、ミネラルウォーターを口に含む。
一つボタンを開けたワイシャツ。その襟の先から見える喉仏ががコクリと少し動く。
明らかに不機嫌なのはわかっていて思った。
…なぜ水を飲む動作だけで、そんなにセクシーなんですか、田宮さん。
「…美花は少し警戒心がなさすぎる。」
しまった、『色気の無駄遣いか』とか思っている場合じゃなかった。そうだよね。一人暮らしじゃあるまいし。共同で生活している(しかもここの居住に関するお金は全て田宮さん持ち)にも関わらず、誰だかわからない人を家に入れるなんて…。
「すみません…。」
「や、謝って欲しいとかじゃなくてさ…。」
ソファのサイドテーブルにコップを置いて立ち上がるとキッチンへ回ってワインセラーからワインを一本取り出す。それから、シャンパングラスを二つカウンターに並べるとそこに注いだ。グラスを持ち上げ、私に差し出したシャンパン。ライトに照らされて気泡が煌めきを放つ。
「ここは、俺と美花、二人だけの空間にしたいってだけ。」
優しく柔らかい笑みに、胸がキュッと一瞬締め付けられた。
私が片方のグラスを受け取ると、田宮さんは満足げな表情をしてカチンと軽くグラスを合わせる。
「…これからは、俺もなるべく毎日ここに帰る。」
毎日……帰る。
本来であれば、仕事が終わればその日その日で自宅に帰るのが当たり前で。ましてや、田宮さんのオフィスは目と鼻の先のオフィスタワーに入っているわけだから。けれど、田宮さんはここ1週間くらい、帰って来なかった。
「あの…すみませんでした。」
田宮さんが飲もうとしていたシャンパンを一度口から外し、私を見た。
「あ、いえ…その…気を遣っていただいていたんだなあと思いまして。1週間…。」
「……。」
「籍を入れているとはいえ同居ですから。すみません、私、配慮が足りなくて。その…私も田宮さんが気を遣わない様に、外出とか外泊をしますので。」
ここは、どちらかと言えば田宮さんの家で私は居候みたいなものだし。
そして何より思ってしまった。
田宮さんが気を遣ったと言う事実が、何となく嫌だと。
これじゃあ、何のために結婚したんだかわからないじゃない。私ばっかり良い思いして。田宮さんは、落ち着いて仕事をするために私と結婚したのに。
私はと言えば事情があったとはいえ、どこの誰だかもわからない人達を部屋に招き入れ、食事も出した。
田宮さんは、少し小首を傾げてまたシャンパンを一口飲む。そこに手酌で追加を足して、それからキッチンを出て、私の隣へとやってきた。
「…外泊ってさ。どこに泊まるつもりなわけ?」
「え?えっと…実家とか…。」
「ダメだろ、それ。あのボンボンに遭遇したらどうするんだよ。」
「で、でも…真崎先生の事務所の方がいらっしゃいますし。」
「二十四時間居るわけじゃ無いだろ。借金の事も大体整理が済んだから、呼ばなきゃ来ないし。S Pは外したし。」
「借金の事が整理できていて、今は特に何もされていないみたいですし…」
「…本気でそう思ってんの?」
田宮さんがため息をつきながらカウンターにシャンパングラスを置き、その指先を私に伸ばす。頰を掠めた人差し指が髪を少し掬い取りそっと耳にかけた。
屈む様にして、田宮さんの体が近く。躊躇している間に、すぐ目の前まで田宮さんの顔が近づいた。
「…美花目当てに決まってんだろ、借金だって。」
田宮さんの吐息が唇を包み込む。たじろぐ私の後頭部を田宮さんの掌が包み、逃げられなくなった。
「外泊なんてしばらくさせない。」
「で、でも…。」
「俺がいつ、気を遣って帰って来なかったって言ったよ。」
…言わないと思う。気を遣う人は。
「帰らなかったのは、ちょっと忙しかったからで、それ以上の理由は無い。美花が俺に遠慮する必要もない。わかった?」
優しい…人だな。
こんな風に相手の遠慮を取り除くなんて。
どことなく、胸が苦しくなるのを感じて、キュッと思わず唇を締めた。
それから、「はい」と返事をする。
途端、フワリと田宮さんの表情も口元も緩む。より私の頭を引き寄せたことで、おでこ同士がコツリとぶつかる。
「…結婚式の練習でもする?」
「っ!し、しません…。」
「何で?ぶっつけ本番で大丈夫なの?」
「そ、それは…」
「夫婦でしょ?」
「表向き…」
「籍入れてんだから本物だろ。」
鼻先をすり寄せられて、思わず「ん」っと目を固く閉じる。
瞬間、唇同士がふわりと触れ合った。
「…美花、約束。俺が居ない時は男を入れない。」
「わ、わかりました…」
頰が…熱い。けれど、それ以上に、唇に残る田宮さんの唇の感触と温もり。
忙しなく動く鼓動。
その夜は、中々寝付くことが出来なかった。
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踵を返して、エレベーターへと向かう。コンシェルジュの方が私に会釈して、私も会釈を返したその時。
「美花。」
背中で呼び止める声。
「た…凪斗さん、お帰りなさい。」
いけない。コンシェルジュさんの前で『田宮さん』と呼んでは不自然だ。
もちろん、そう思ったけれど、その事よりも、自分の感情と上擦り気味の声に戸惑った。
1週間ぶり位に会ったからだろうか。どこか、『嬉しい』と思っている自分がいる。
「…誰か来てたの?」
「あ…はい。つい先ほどまで。実は…」
エレベーターに二人で乗り込み、事の成り行きを説明すること、5分ほどだろうか。
ミネラルウォーターをコップに注ぎ、ソファに腰を下ろした田宮さんは、呆れた様にふうとため息をだし、目を細めた。
「…で?ここに入れたと。」
「は、はい…勝手な真似をすみませんでした。具合が悪そうでしたし、真崎先生も居たので…。」
「……。」
眉間にシワを寄せ、ミネラルウォーターを口に含む。
一つボタンを開けたワイシャツ。その襟の先から見える喉仏ががコクリと少し動く。
明らかに不機嫌なのはわかっていて思った。
…なぜ水を飲む動作だけで、そんなにセクシーなんですか、田宮さん。
「…美花は少し警戒心がなさすぎる。」
しまった、『色気の無駄遣いか』とか思っている場合じゃなかった。そうだよね。一人暮らしじゃあるまいし。共同で生活している(しかもここの居住に関するお金は全て田宮さん持ち)にも関わらず、誰だかわからない人を家に入れるなんて…。
「すみません…。」
「や、謝って欲しいとかじゃなくてさ…。」
ソファのサイドテーブルにコップを置いて立ち上がるとキッチンへ回ってワインセラーからワインを一本取り出す。それから、シャンパングラスを二つカウンターに並べるとそこに注いだ。グラスを持ち上げ、私に差し出したシャンパン。ライトに照らされて気泡が煌めきを放つ。
「ここは、俺と美花、二人だけの空間にしたいってだけ。」
優しく柔らかい笑みに、胸がキュッと一瞬締め付けられた。
私が片方のグラスを受け取ると、田宮さんは満足げな表情をしてカチンと軽くグラスを合わせる。
「…これからは、俺もなるべく毎日ここに帰る。」
毎日……帰る。
本来であれば、仕事が終わればその日その日で自宅に帰るのが当たり前で。ましてや、田宮さんのオフィスは目と鼻の先のオフィスタワーに入っているわけだから。けれど、田宮さんはここ1週間くらい、帰って来なかった。
「あの…すみませんでした。」
田宮さんが飲もうとしていたシャンパンを一度口から外し、私を見た。
「あ、いえ…その…気を遣っていただいていたんだなあと思いまして。1週間…。」
「……。」
「籍を入れているとはいえ同居ですから。すみません、私、配慮が足りなくて。その…私も田宮さんが気を遣わない様に、外出とか外泊をしますので。」
ここは、どちらかと言えば田宮さんの家で私は居候みたいなものだし。
そして何より思ってしまった。
田宮さんが気を遣ったと言う事実が、何となく嫌だと。
これじゃあ、何のために結婚したんだかわからないじゃない。私ばっかり良い思いして。田宮さんは、落ち着いて仕事をするために私と結婚したのに。
私はと言えば事情があったとはいえ、どこの誰だかもわからない人達を部屋に招き入れ、食事も出した。
田宮さんは、少し小首を傾げてまたシャンパンを一口飲む。そこに手酌で追加を足して、それからキッチンを出て、私の隣へとやってきた。
「…外泊ってさ。どこに泊まるつもりなわけ?」
「え?えっと…実家とか…。」
「ダメだろ、それ。あのボンボンに遭遇したらどうするんだよ。」
「で、でも…真崎先生の事務所の方がいらっしゃいますし。」
「二十四時間居るわけじゃ無いだろ。借金の事も大体整理が済んだから、呼ばなきゃ来ないし。S Pは外したし。」
「借金の事が整理できていて、今は特に何もされていないみたいですし…」
「…本気でそう思ってんの?」
田宮さんがため息をつきながらカウンターにシャンパングラスを置き、その指先を私に伸ばす。頰を掠めた人差し指が髪を少し掬い取りそっと耳にかけた。
屈む様にして、田宮さんの体が近く。躊躇している間に、すぐ目の前まで田宮さんの顔が近づいた。
「…美花目当てに決まってんだろ、借金だって。」
田宮さんの吐息が唇を包み込む。たじろぐ私の後頭部を田宮さんの掌が包み、逃げられなくなった。
「外泊なんてしばらくさせない。」
「で、でも…。」
「俺がいつ、気を遣って帰って来なかったって言ったよ。」
…言わないと思う。気を遣う人は。
「帰らなかったのは、ちょっと忙しかったからで、それ以上の理由は無い。美花が俺に遠慮する必要もない。わかった?」
優しい…人だな。
こんな風に相手の遠慮を取り除くなんて。
どことなく、胸が苦しくなるのを感じて、キュッと思わず唇を締めた。
それから、「はい」と返事をする。
途端、フワリと田宮さんの表情も口元も緩む。より私の頭を引き寄せたことで、おでこ同士がコツリとぶつかる。
「…結婚式の練習でもする?」
「っ!し、しません…。」
「何で?ぶっつけ本番で大丈夫なの?」
「そ、それは…」
「夫婦でしょ?」
「表向き…」
「籍入れてんだから本物だろ。」
鼻先をすり寄せられて、思わず「ん」っと目を固く閉じる。
瞬間、唇同士がふわりと触れ合った。
「…美花、約束。俺が居ない時は男を入れない。」
「わ、わかりました…」
頰が…熱い。けれど、それ以上に、唇に残る田宮さんの唇の感触と温もり。
忙しなく動く鼓動。
その夜は、中々寝付くことが出来なかった。
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